240人が本棚に入れています
本棚に追加
(以前の俺は普通にしてたって言っているんだし)
もちろん、将之の嘘である。
よっぽど将之が強請らないと、知己は膝の上に乗りはしない。
だが、今の知己にそれを嘘と見破る方法はない。
「恥ずかしいからしたくない」などと言って、やっと機嫌治った将之に嫌われたくはないのだ。
(ここで恥ずかしがる方が変だよな。
えーい、行ってしまえ!)
「い、行くぞ!」
思わず力いっぱい宣言した知己に、将之が
「どうぞ」
堪えられずに、つい微笑みがこぼれる。
「うりゃー!」
照れ隠しなのか、何か言わないとできないのか……とにかく気合の入ったかけ声と共に知己は目を瞑り、将之と向かい合わせになるようにして膝の上にどんと飛び乗った。
将之を跨いで、ベッドの上に足を投げ出し、いわゆるウサギ座りになった。
「……」
将之の笑顔が苦笑に変わった気がした。
「な、なんだよ?」
「いや、なかなかに積極的で。驚きました」
「は?」
「思ってたのと違ってたので」
「え? 違ってたのか? こうじゃなかったのか?」
(ひぃー! 思い切って膝の上に乗ったのに、なんか間違えてたのか!?)
腕を回せば抱きしめられるほど近い距離にいる将之に、ドキドキしながら知己が尋ねると
「……対面座位ですか」
ぼそりと将之が言った。
「た……?!」
どこかで聞いた言葉だ。
「僕は背面座位のつもりで話をしてたんですが」
「は……?! あ! はいめんって……そういう意味……!」
どうやら体の向きが違ったらしい。
(ってか、この人……いちいちセックスの体位じゃないと説明できないのか……!?)
どこかで聞いた言葉の意味をようやく思い出し、知己は真っ赤な顔で滝のような汗までかいた。
「あの……、向きが違うんだったらやり直そうか……?」
「いえ、このままで。キスするにはちょうどいい向きです。100点満点ですよ」
と、将之が嬉しそうに眼を細めてから顔を傾けた。
突然のことで知己はほんの少しだけためらったが、逃げる場所も逃げる気もなかった。
最初のコメントを投稿しよう!