中位将之という人物 7

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「……っ……」  病院の庭では強引に押し付けられるだけの唇が、今は緩やかに、でもどこか戸惑いがちにたどたどしく触れる。 「あの、ちょっとお願いが」  あまりのたどたどしさに将之が中断して声をかける。 「……何……?」  キスで赤くなった知己が、思わず手の甲でさっきまで触れ合ってた唇を隠した。 (本当に、何から何までおぼこい反応だな……)   「もうちょっと唇を開いていただけると嬉しいんですが」  あからさまな要求に知己は 「ど、努力する」  と言うと、「んっ」と言ってぎゅっと目を瞑り将之に顔を向けた。  その次に唇を合わせると、知己が将之の望んだ通りに開いた。  知己にどこか懐かしい感覚が蘇ってくる。 (俺、中位さんと……こんな風にキス、してたんだな)  記憶はないが、切ないような甘いようなもどかしいような感情が次々と浮かんできた。  昔、聞いた歌に当時の感情を呼び覚まされるのに似ている。  キスに耽りながら将之は (こういう先輩の反応って、新鮮で可愛いな……)  と改めて思った。 (となると、あっちの方も……家永さんがどこまでしてたかが問題だけど……多分、新鮮な反応なんだろうな)  そう思うと、なぜか俄然お得感が出てきた。  二度目のキスを終えて、しばらくお互いに見つめ合った。  恥ずかしがってはいるが知己が嫌がる様子はない。  将之は知己を抱えたまま倒れ込むようにベッドにもつれ込む。 「うわっ」  突然、天地がひっくり返ったもので知己は驚いた声を上げたが、ひしと将之を掴んで離さなかった。  すかさず体を入れ替えて知己を組み敷き、自分がその上に覆いかぶさる。  その時、サイドボードの電話が鳴った。 (ちっ! これからと言う時に)  フロントからの電話だ。  聞かれる内容は分かっている。 「何……?」 「この時間帯に聞かれるんです。連泊かチェックアウトかって。  で、どうします?」  と逆に知己に質問する。 「え? どうしますって?」  聞かれた意味が分からずに知己が訊き返すと、将之は電話をとらずに説明した。 「先輩のいい方でいいですよ。ここにもう一泊してもいいし、このまま一旦やめて……」 「!」 「一旦やめて、うちへ帰ってもいい」と将之が言う前に、「やめて」の言葉に知己が過剰な反応を示した。また拒否られると思い、知己は 「連泊で!」  と即座に答えていた。
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