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★中位将之という人物 8
(さて、フロントへの連絡は終わったし)
将之は先ほどの続きをとくるりと後ろを向いたが、忽然と知己はその姿をくらましていた。
(え? まさか逃げた?)
と一瞬思ったが、知己自身が「連泊」を望んだのだ。そんなはずはない。
(変だな)
これはどういうことかと思っていると
「……中位さん」
将之を呼ぶ小さな声が聞こえた。
声の方を見ると、バスルーム前の洗面スペースから顔だけひょっこり出して知己がいる。そして
「あの、ちょっと待っててくれ。急いでシャワー浴びてくる」
申し訳なさそうに言う。
「なぜ、今更?」
先ほどまで将之の膝の上に跨っていた人物の言う事ではない。
知己としてはベッドの上に組み敷かれた時に、
(うわ! いよいよ俺、中位さんと……!)
と覚悟を決めたのだが、将之がフロントとのやり取りの間にふと自分の身体がやたらと汗をかいていたのに気付いた。
ベンチは日陰だったとはいえ真夏の太陽の下。更に、ホテルまでは徒歩移動。最終的に、この空調効いた将之の部屋で嫌な汗もいっぱいかいた。
(なんか俺、めっちゃ汗かいてね?)
この後の展開は容易に想像つく。
妙に自分の汗が気になった知己は、急いでバスルームに移動したのだ。
「3分待っててくれ」
と知己は右手の指で三本、立ててみせた。
「嫌です」
「じゃあ2分でいいから」
しおしおと二本に変えたが
「そういう問題じゃなく」
将之がバスルームの知己のところまで行くと、その右手を掴んだ。
「以前の先輩は、いつも僕と一緒にお風呂入ってたんですよ(嘘)」
「……え?」
知己が固まる。
「そ……、なのか?」
もちろん将之の嘘であるが、知己は
(この人と一緒に、風呂……?)
そう思うだけで、心臓がバクバクと音を立てて鼓動を早めた。
将之は知己の脇を抜けてバスルームに入ると、湯を張り始めた。
「そうか。毎回、僕と一緒にお風呂入ってたのも忘れちゃったんですね(嘘)」
湯船に手をかけたまま少し悲し気に俯く将之が
「あ、いいんですよ。気にしないでください」
あざとく笑って付け加える。
「さ、先輩も準備して」
すると、忘れた罪悪感も手伝って知己が
「お、おう……」
なんとなく気まずい返事をしながら素直に服に手をかけた。
(じゅ……、10年後の俺は大人だなぁ)
と、やっぱり汗をかきながら服を脱ぎ始めた。
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