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「確か……」
思い出していくと、みるみる知己の眉間に皺が寄った。
慌てて将之が
「素晴らしい妻だとめちゃくちゃ褒めてましたよね? 僕」
というが、そのこめかみにすーっと一本汗が流れたのを知己は見逃さなかった。
「いーや、人見知りで引き篭もりの話下手。陰キャのクセに、何かあるとすぐに手が出る粗暴なDV妻だと言ってた」
「陰キャとDVは言ってませんよ!」
「じゃ、それ以外は言ったってことだな?」
「わあ、先輩にしては高度な引っかけを」
「お前という男はー……!」
腰の痛みも忘れて、イモムシが蝶になったかのように布団広げて知己が将之に飛びかかった。そのまま、ばふっと布団の羽で将之を包み込む。
拘束され逃げ場のない状態で、殴られるか締められるか。知己の記憶がないのをいいことに、嫉妬や苛立ち紛れに好き勝手にした罰を受ける時が来たと、将之は覚悟した。
(あれ……?)
そう思ってたのに、一向に知己からのDVはない。
「?」
不思議に思っていると、将之にしがみつく知己がボソボソと何か唱えている。
「背中、擦ってくれてありがと……コーヒー、買ってくれてありがと……この布団だってかけてくれて、ありがと……」
多分、将之に言っているのだろうが、何なら聞こえなくてもいいと思っている。そのくらいの小さな声で、なんとも抑揚なく言い続けているのだ。
「俺を好きになってくれて、ありがと……。俺だって」
まるで何かの呪文のようだなと、将之は思った。
「……俺だって……何度だって、お前を好きになるんだからな」
と呪文は続いた。
それを聞いて将之は
「……連泊にしといて良かった」
と、抱きつく知己をぎゅうっと抱きしめ返した。
―中位将之という人物・了―
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