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「春先のこと、覚えている?」
「ざっくりし過ぎだろ? さっぱり分からん」
「……年の所為?」
三十代を地味に気にしている知己に、あてつける言い方をわざと章はした。
「いや。明らかに章の言い方の所為」
砂浜で一粒の砂を見つけろみたいに言われても、と知己は呆れていた。
「もっと具体的に」
と言うと、章は「んー……」と両手で大きなカップを持ち、カフェオレを一口飲んだ。
「そだね。じゃあ春先に一斉摘発したの、覚えてる?」
「風紀委員の抜き打ち検査か。覚えている。あの全てのものを返却不能にしてしまった没収事件は酷かった」
不要なものも必要なものも、風紀委員の章が「断捨離」と捨てまくりカオスと化したHRを思い出した。
「章に慈悲の心は無いのか?」
「そんなものあったら、八旗高校でやっていけないよ」
「そんなにひどいとこじゃないだろ? ちょっと持ってきたらいけないものを持ってきていて、ちょっと学力がアレなだけで、お祭り騒ぎ大好きな気のいい連中じゃないか」
アレと濁した部分に、章は
「はいはい。庇い方はともかく、先生には慈悲の心がお有りのようで」
と揶揄った。
「話し戻すけど、あの時、敦ちゃんがゴッキーにパニクって僕に抱きついたじゃない?」
「そうだな」
(ラッキースケベだったな、章)
と思っていると
「知ってる?」
またもや謎の問いが始まった。
「だから、何が?」
「……敦ちゃん、いい匂いがするんだよ」
「はあ?」
さっきから雲をつかむような話ばかりする章に、さすがの知己も苛立ってきた。
「あれ、シャンプーの匂いかな? 柔軟剤かな? めっちゃフローラルな香り」
「知らん! 一体、何の話だ?」
苛立ちながら、知己は店のサービスでコーヒーについていた豆菓子を手に取った。
「それでね、あのね、僕ね」
章は大きなマグカップをテーブルに置くと、何やらもったいぶって言う。
「その晩、僕は……大人になりましたー!」
爽やかな笑顔で言われ
「はぁっ?!」
知己は力加減を誤り、豆菓子の封を思いっきり破いてしまった。
ザララーっと音を立てて、豆菓子はコーヒー皿の上はもちろん、テーブル上を転がり床にまで拡がった。
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