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てっきり元・政治家の母の影響かと思っていた。
(意外に、よく考えていたんだな……)
章の剣幕に、ぼやんとそんなことを考えていたら
「言っとくけどっ!」
と章の演説は更に続いた。
「僕は、あの梅ノ木グループ顧問弁護士だったら絶対に食いっぱぐれないと思っているだけなんだからね。敦ちゃんを利用しようと思っているだけなんだからね! 変な風に考えないでよね! いい?!」
(あ。困った……)
何を言ってもキレられるパターンだと分かって、これまで聞き流していたが「いい?」と聞かれてしまったら答えないわけにはいかない。
荒ぶる章を刺激しないように、すこぶる感情を押し殺して
「……分かった」
と言ったのに
「その顔は、全然分かってない!」
やっぱりキレられた。
理不尽、この上ない。
挙句に
「先生のヴァーカ!」
謎の発音で悪口まで言われた。
「ほんっとあてにならないんだから。先生なんかに相談するんじゃなかった! もういいよ、バイバイ!」
と、よくもこれほど……というくらいに章はまくし立てるだけまくし立ててると、マフラーのフリンジひらめかせて店を飛び出していった。
「……」
一人残された知己は、テーブルの上の豆を包んだペーパーと少し残ったカフェオレのマグカップを茫洋と見つめた。
(一体、何だったんだろうな)
気分は台風一過。
まるで季節外れの局地的ハリケーンにでも遭ったようだ。
(俺。叱られて、怒鳴られて、なにげにコーヒー代もたかられて……)
知己は残った伝票を見つめた。
章のナチュラルな罵詈雑言なんて、いつものことだ。
だが、なぜ自分はここにいるのかをしばし見失っていた。
(……俊也、共通試験頑張れよ。
多分、章も……頑張るんじゃないかな)
知己は今更試験会場に行くのも面倒なので、とりあえずおかわりのコーヒーを注文した。
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