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自由登校なのに 2
「……ここに居たのか」
「待ってたよー、先生。やっと来たー!」
鼻の頭を赤くして、章が白い息を吐きながら嬉しそうに言う。
一昨日、あんな別れ方をしたのを微塵にも感じさせずに、さも会いたかった風に言う。
「寒ぅ。後5分遅かったら、先生に電話してたとこだよ」
知己に会いたかったのは気温的な理由なようだ。
理科室に取り付けられたデジタル時計は室内温度も表示するタイプだ。数字は4℃である。ほぼ冷蔵庫と同じ寒さの中、章は茶色いダッフルコートに一昨日と同じフリンジのタータンチェックのマフラーに顔を埋め、震えながら知己を待っていた。
俊也から話を聞いて、学校に来ているとしたら、理科室ではと思ったが予想通りだった。
「エアコン、つけなかったのか?」
ただでさえひと気のない特別教室棟。自由登校になった今では、ますます授業でもなければ誰も来なかった。裏山からしんしんとした冷えが建物にも沁みている。
「勝手にエアコン付けたら怒ったじゃない」
夏場に章達が、知己が理科室に来るのが遅くなった時に勝手にエアコンをつけて知己を待っていたことがあった。
(それはそうだが……)
「時と場合に寄るだろ?」
と、言いながら知己はエアコンのスイッチを入れた。
「ふふふ。そんな緩いこと言うの、先生だけだよ」
エアコンを入れてもらえたのが、ことのほか嬉しそうに章は言った。
「携帯も持ってきてても文句言わないし、お菓子や漫画だってそう。僕らの理科室入りびたりだって許してくれたし」
「言っても無駄だろう?」
本来なら許されない。校則で言ったら、アウトな事案ばかりだ。
だが、教師が言えば言うほど、言うことを聞きたくなくなる生徒ばかりだった。
「でも日和見な感じの無法地帯かと思ったら、制限付き。携帯は授業妨害しないなら。お菓子も漫画も休み時間なら。僕らの入りびたりも5時までの限定OK。いいか悪いかは分かんないけど、適当に落とし所を考えているよね」
だけど教師として見て見ぬ振りもできなかったので、制限を付けた。それだけのことだ。
「ここまで譲歩してんだから、お前らも約束守れっていう……取引の鉄則だよね。巧いと思ったよ」
ようやくエアコンが効き始めた理科室で、章はマフラーとコートを脱いだ。
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