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自由登校なのに 3
「何?」
すっかりやさぐれた章が、胡散臭そうに問い返す。
「お前はそうだったかもしれないけど、敦は違うだろ?」
「は?」
理科室のホワイトボードの前に立つ知己の説明が分からずに、章の眉毛がピクンと跳ね上がった。
「だから……選んでお前の傍に居たってことにならないか? 敦は私立の小学校や中学校に行っても良かったのに、お前と居たいから公立を選んでいた……って」
ようやく意味が分かって、章が
「まさか」
と首を横に振った。
「だって、そんな筈ないよ。子供の敦ちゃんに学校選ぶ権限なんてないでしょ。僕と同じように親に言われて……が普通じゃないの?」
半信半疑で、それでも微かに狼狽えながら言い返した。
「それこそ、『まさか』だ。
偏見かもしれないけど、私立小学校なんてお受験はあるわ、学費はかかるわ……だけど、敦だったら何の問題もないだろ。逆に、公立に行く理由の方がない。それを押してまで、幼児の敦が主張した。そのくらい、お前と一緒に居たかったってことにならないか?」
「え……嘘? 本当?」
梅ノ木グループの三男坊として、ぶっちゃけ何不自由なく暮らしている敦が幼稚園で会った友人の章と離れがたくて、ずっと同じ学校を選んできた。
少なからず、ただの友人として章を見ているわけではないと分かる。
「もしかして……、ぼ、僕ら、両想い……かなぁ?」
章にしては珍しく視線が泳いでいる。
さっきまでのひねくれた物言いから一変、戸惑いながらもその言葉には棘はなく、喜色を滲ませていた。
「そうだ。だから、勇気出して一歩を踏み出せ」
励ますように知己が言うと
「うっ……」
章が息を詰まらせた。
「……わあぁぁ!」
次の瞬間には、実験机の傍にいた章が5,6歩ほど踏み出し、知己の胸の中に飛び込んできた。
「こ、こら、物理的に踏み出すな!」
突然のことに慌てて知己が制すが
「先生に話聞いてもらって、良かったよぉ!」
器用に知己の脇の下に腕を差し込み、章は知己の背に腕を回してしがみついた。あまつさえ白衣の中にグリグリと顔を埋めてくる。
服に顔を埋めているから判断しにくいが、章の声はくぐもっていた。
もしかして、涙ぐんでいるのかもしれない。
(強がっていたのか……)
そう思うと、なんだか6歳の甥っ子が甘えてきたのと大差ない感じがした。
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