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思わず、知己も目の前の章の背に手を回した。
ぽんぽんと、まるで幼子をあやすように撫でてやると
「……ありがと。……先生、大好き」
ぼそりと感謝の言葉が聞こえてきた。そして
「僕……、勇気出してみるよ」
小さいが力強い決意の言葉も付け加えられた。
章は照れて一向に顔を上げようとしないが、きっと理科室の床を見つめながら晴れやかな顔をしているのだろうと想像できた。
「そうしろ」
こういうことは当人同士の問題だ。
周りがどうこう言うべきじゃないと思っていた知己にとって、章の決断は正直嬉しい。
「思い切って先生に言って良かったー!」
やっと顔を上げた章がにこやかに言う。なんだかいつもの調子が戻ったようだ。
「そうか、そうか」
「んー? なんか、適当に返事してない?」
「してない、してない」
「二回繰り返す時って、相手の話に興味がない時ってなんかで言ってたよ」
文句まで付け始めた。
ちらりと知己が理科室の壁掛け時計を見ると、一時間目終了まで後5分を残していた。
(良かった、間に合ったぞ……)
このややこしい事態に俊也乱入だけは避けられた。
(無事、章と話し終わって良かった)
一昨日から巻き込まれた感がかなり強いが、章のこじれた問題にとりあえず関わってしまった者として「ミッション完了」の文字が見えた気がする。知己は、ほっと胸を撫でおろした時だった。
「これ以上黙って、見ていられるかー!」
と、敦が怒鳴りながら滑りのよいアルミの引き戸をパーンと開けて現れた。
「敦ちゃん……」
「悪徳教師からさっさと離れろ、章!」
知己を指さして、散々に喚く。
(……誰か来そうな気はしてたんだ)
まさか敦だったとは。
慌てて知己と章が、ぱっと同時に離れたが、それがかえって仲良くしていたの現場に踏み込まれた感があって、余計に敦を煽った。
「かーっ! どんだけ仲良しかよ!?」
睨み付けてる視線に、殺意がこもっているように感じられる。
「敦ちゃん、どうしてここが?」
もう少し取り繕った感じで言えばいいのに、どうしてこうも章は淡々と言ってしまうのか。
(損しているな、章)
少しは狼狽えたらいいのに、敦の怒り狂う姿など見慣れ過ぎている所為か、適当感はんぱない。
「俊也がメールを送ってくれたんで、急いでここに来たんだ」
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