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「言っておくが……」
と敦が知己を睨む。
「わざと負けたら許さないからな。どうせ俺が勝つのは分かっているが、今回は正々堂々の、章を賭けての勝負だ」
(……どの口が言ってんだ)
規約や校則のグレーゾーンで暗躍する敦の口から「正々堂々」とスポーツマンシップな言葉を聞ける日が来るとは思わなかった。
「んきゃー! もお最高ー! んきゃー!」
敦をなんとか納めようにも頼りの章は、胸の前で手を組んでうっとりとしていて、全く止めてくれそうにない。
(こいつ……万が一にも俺が勝っちゃったらどうする気なんだろう?)
きっと、そんなことを章は微塵も考えていない。今が楽しければ、それでいいのだ。
(昨夜、敦を『男』にした相手も分かってないのに、能天気な……)
と呆れる知己の思いを感じ取ったらしい。
「んふふふ……」
謎の微笑みと共に、口の端の涎を拭う仕草で、ようやく章が現実に戻ってきてくれた。
「先生、分かってるって」
と言うと、「僕にお任せ!」のウィンクを軽くする。
もれなく沸点に達した敦が
「人の目の前で、いちゃつくなバカップル! 絶対にお前らの関係は認めんからな! とことん邪魔してやる!」
怒鳴ったが、章はいつものことと大して気にもしていなかった。
「いいの? 敦ちゃん、僕にそんなこと言って」
突然強気な姿勢に出た章に、思わず敦は一歩後退った。
「な、なんだ?」
「昨日、知らない人とお泊りなんかして。あまつさえ皮剥かれたり、男にしてもらったりだなんて、とーってもふしだらだよ」
「し、知らない人ではないぞ!」
「こんなこと、ご両親やお兄ちゃんず(やっぱり複数形)が知ったら、大変なことになると思うけど……」
「相手は、ちゃんとした人だ」
「どうだが。だって相手の名前も言えないんでしょ?」
「それは……」
ちらりと知己を見た後に
「口が裂けても言えん」
と敦は小声で「特に悪徳教師には」とボソボソと付け足していた。
「だったら、『敦ちゃんは名前も知らない人とお泊りしてたようです。これまでの自由な外泊は、見直した方がいいんじゃないですか?』とご家族にお知らせしなくちゃいけないかなぁ」
「ヤメロ! うちの家族は皆、俺の言う事よりお前の言うことばかり聞くんだから。それだけはよせ!」
まさかここで、4歳の時から連綿と培ってきた梅木家の信頼を武器にしようとは。
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