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「あの……また敦と女装することになりまして」
と、知己が伝えると、思わず卿子が
「女装!」
と嬉しそうな声を上げた。
その弾むような高い声に知己は驚き、前田も思わず
(なぬ?!)
とチェックしている振りの手をピタリと止めてしまった。
「じょ……じょそう……。草抜きは大変ですね」
卿子が苦しい誤魔化しをした。
それで前田は、何事もなかったようにまたもやチェックの作業に入ったが
(私、聞き逃さなくてよ。女装、とな!)
心の中ではコサックダンスを踊るほど狂喜乱舞していた。
知己と卿子は前田にこれ以上聞かれまいと、より声を落としてヒソヒソと会話の続きを始めたが、前田の聞き耳はデビルイヤー(※)と化し、超人的聴力を発揮していた。
「それでは文化祭の因縁の戦いに、いよいよ決着をつけるのですね」
思ってたよりも、卿子はガッツリ食いついてきた。プロレスか何かの煽り文句みたいなことを言っている。
「え? 卿……じゃなかった坪根さん?」
「先生、知らなかったんですか? 密かに話題になってたんですよ」
敦の言っていたことは、あながち嘘ではなかったらしい。
「結局、一昨年は不正だらけで有耶無耶だし、去年は梅木君の不戦勝みたいな感じで終わったし。真のミス八旗はどっちだと噂になってました」
(真のミスが噂に……? この学校、どんな学校よ)
かつて、八旗高校と言えば学力不振に喘ぎ、素行も悪く、何かとトラブルの多い学校で有名だった。それゆえに競争率も1倍を切って定員割れを起こし、「名前を書けたら入れる」不人気校、堂々の1位である。
教育委員会内でも、この学校の担当になりたくないと皆、声に出さずとも思っている。
(生徒と教師のミスコンに右往左往する、平和な学校になったものね)
と前田は思った。
「梅木君の卒業前に決着付けるの、いいと思います。私、全力でサポートします。衣装演出担当のクロード先生にも声かけますね。めざせ、平野先生の二冠王ー!」
拳を作って鼓舞する卿子に、知己は
「あはは……頼りにしてます」
最初の勢いはどこへやら、やや引き気味だ。
「それで、どのような形で?」
「景品の章が言うには」
「は? 景品?」
思わず章を美味い棒一年分扱いにしてしまった。
(生徒が景品……? やっぱり物騒な高校だわ、ここ)
と思わないでもないが、
(でも、ラノさんなら許す)
依怙贔屓にも勝手に前田は許可を出していた。
卿子が首を傾げると、毛先だけクルンと巻いた長い髪が優雅に揺れて、
(相変わらず綺麗だなー)
と知己はみとれた。
(※)デビルイヤー:デビルマンの歌詞に♪デビルイヤーは地獄耳♪とあって、子供心に「まんまやん!( `ー´)ノ」とツッコんだ記憶があります。
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