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「あの、先生? どうされました?」
「あ、すみません。賞品の章が言うには」
「ん? もっと、ややこしい言い方になった気がしますが」
くすっと花のように笑う卿子に
(……ミス八旗って、この人のことを言うんじゃないかな? なにが哀しくて、俺はまた女装対決なんか引き受けちまったんだろ……)
知己は今更ながら理性を取り戻した。
(いや、秘密の一夜のことを敦に聞き出さねばならん。これは仕方ないこと)
無理矢理自分を納得させて、知己は
「2月10日に体育館使用許可を、強引に敦が取りました」
と告げた。
「はあ。相変わらずですね、梅木君」
「俺としては今すぐしたいくらいなんですが」
「まあ、珍しく積極的」
「事情が事情ですから……。
今回エントリーは、俺と敦のみ。アピールタイムはなしで、ファッションショーみたいに3回着替えて特設したランウェイを歩き、より『綺麗だ、萌えた、とーとい、ハスハスした』方に投票するそうです」
「あの、すみません。後半から意味がちょっと分かんないです」
(はあ? 何、言ってんの、この女。「ハスハス」の意味も知らなくて、よく事務職員が務まるわね!)
むろん、そんな言葉を知らなくても業務に困らないが、知己と仲良く話す卿子に対し、前田はツンと澄ました眼鏡の奥で実はかなり憤っていた。
「自由登校期間中ですので、投票は、当日来ている者のみに投票券を配るそうです」
「なんというか……二次の前に、大変なことになりましたね」
「そういう意味でも、投票は強制ではないんです。それに二次の願書は出し終わってますし、卒業式の練習も始まっていない。むしろこの時期しかないかと」
俊也のように私大受験のために共通試験を受けている場合は、試験のデータで合否が決まるので、二次さえも受けない。もっとも影響の少ない日にちだ。
「なるほど。吹山君の考えそうなことです」
卿子は心底感服した。
そして、ふと前田に目をやり、
「あの、ずいぶんとお時間かかっているようですが。お手伝いしましょうか?」
と親切にも声をかけた。
「あ、あーら。そんなことなくってよ」
慌てて前田が取り繕う。
(有能な私は、もうチェック済んでるっちゅーの)
心の中で、胸を寄せるポーズを前田はしていた。
要は、知己達の話を聞くのに忙しかっただけである。
「じゃあ、私はこれで」
用は済んだとばかりにそそくさと事務室を出ると、公用車に乗り込み
(中位さん、中位さん、中位さーん!)
と心の中でポールダンスを踊りながら、教育委員会へと帰って行った。
―自由登校なのに・了―
【挿絵を上げてみました。より】知己、三十路の心の俳句です。https://estar.jp/novels/25306033/viewer?page=612
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