如月十日のこと 1

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「ん? もしやあれは……!」  緞帳の隙間から覗いていた章が、体育館に並べられたパイプ椅子の、舞台に向かって左側の群にとある人物を見つけて思わず舞台袖から転がり出た。 「蓮様ー! やっぱり蓮様だー!」  司会のマイク片手に叫ぶ。すると敦も緞帳の脇から顔だけずぼっとつき出して 「うわぁぁ! ほんとだ、蓮様だー! 俺を見に来てくれたんですねー! あざーっす!」  と一緒になって騒いだ。 「蓮様……だって」  菊池が 「相変わらず異常に慕われてんだな」  と言うと、門脇は 「くそ(はじ)ぃ……」  と眉間には皺を寄せ、怒りでこめかみには血管が浮いていた。 「ふざけやがって、あいつら。ミスコン終わったらもっかい(もう1回)シめる」  忌々しく門脇が宣言した。 (もう1回って、……既にあいつら殴った前科があるのか)  菊池が (相変わらず、誰にでも容赦ねえな……)  と思う頃、敦とは逆の右舞台袖に待機していた知己が 「だと?!」  章達の声を聞きつけて 「なぜ、門脇がここに?!」  と飛び上がる勢いで驚いていた。 「……やむを得ず」  知己の傍に居たクロードがまっすぐに挙手し、あっさりと罪を認めた。 「クロードが呼んだのか? なぜ?」  咎めるように言うと 「すみません。話の流れで今回のことを喋ったまでです。まさか来るとは思わなかったのですが」  申し訳なさそうに俯き、素直に謝る。 (あいつが、このテの話を聞きつけて来ない訳ないだろう)  と知己は思ったが、真摯な態度の、協力者でもあるクロードを怒りづらい。  大学の後期テストは二月の上旬に終わっている。  つまり、門脇達も今日は都合よく空いていたのである。  知己がそっと緞帳の隙間から見ると、門脇の隣に御前崎美羽、近藤大奈、菊池周人のいつものメンバーが揃っている。  門脇が拡散したというのは、ほぼ間違いないだろう。 「え? 嘘。まじ? なんであいつが?」  門脇の隣に座る人物を見て、知己が青ざめた。 「どうしよう、クロード。俺、今更だけど女装やめたくなった」 「Ms.(ミズ)坪根(※)。知己が、こんなこと言ってますが」 「耳タコですね。何回同じこと言えば気が済むんですか?」  舞台袖の協力者・クロードと卿子はほぼ一カ月に渡る同じやり取りに辟易して、すこぶる冷たい対応をみせていた。 ※Ms.(ミズ)・・・未婚女性のミス (Miss) や既婚女性ミセス (Mrs) と同じ女性に使う敬称ですが、未婚既婚を問わずMs.(ミズ)という敬称を使う傾向と聞きました。
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