如月十日のこと 1

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「負けられない戦いなんですよね?」 「私たちに任せるって言いましたよね?」  二人が念を押すように言う。 「だって、まさかあいつが来てるなんて……さすがに無理」  顔を覆って嫌がる知己に、卿子達は口々に 「絶対的に自分が世界で一番可愛いと思っている敦君に、卒業前のこの時期、世間の厳しさを教えてあげるんでしょ?」 「正義の鉄槌を下すんでしょ?」  と鼓舞した。 (そんなこと、言った覚えない)  どこでどうなったのか、卿子達はそう解釈していた。  まさか「口を割らない将之の代わりに喋らせるため」とは、とても言えない状況になっている。  あの日、知己は将之に尋ねたが案の定「仕事です」「守秘義務ありますので」「黙秘です」と一切敦のことは話さなかった。 「なんで、門脇に聞いたんだ?」 「だって、知己が口を割らないからでしょ? この戦いの真の理由を。  門脇君なら知っているかもと思って、この間八旗に遊び来た時に聞いてみたんですよ。そしたら、こうなりました」  クロードは「不可抗力です」と、両手を広げてみせた。 「平野先生ったら、来てる人のことはもういいでしょ? それに門脇君なら、絶対に平野先生に投票してくれるし」 「う……」  知己は、長年の憧れである卿子に強く出ることはできない。だから卿子はメイク係としてよりも知己のメンタル支える説得係として、チームに貢献していた。 「ほら、最初に誓った私達とのお約束三箇条を復唱してくださいな。  一、一旦、男のプライドや外聞は外に置きます。  二、女装に関してクロード=井上と坪根卿子に逆らいません。  三、どんな女装でも拒みません。勝つまでは」  ほぼ同じ内容の三箇条を、知己は渋々と大声で復唱させられた。  知己の説得は卿子に任せ、クロードは緞帳の隙間をそっと伺い見た。 (なるほど……、意地悪マスターが来てましたか)  特設されたランウェイが中央まで伸びて、体育館を分けている。  舞台に向かって右側に、将之らしき姿を見かけた。  隣に後藤。その逆隣りに前田らしき人物が、見るからにワクワクして座っている。 (教育委員会……、暇人の集まりか)  その後藤たちの手には、ピンポン玉があった。
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