如月十日のこと 1

5/5
前へ
/778ページ
次へ
 知己の悲しくも切ない三箇条復唱が、そこまで広くない体育館の逆サイドにまで聞こえると、章が 「向こうは、なんだか戦時中みたいなことやってるねー」  と苦笑いを浮かべた。  敦はそれには答えずに 「……お前は、なんでこっちサイド(舞台袖)に居るんだ?」  と尋ねた。 「なんでって……司会だし。まだ、どっちかの舞台袖に控えていなくちゃいけないでしょ?」 「だったら、あっちに行けばいいのに」  拗ねたように、右側舞台の下手(しもて)を目で指す。 「敦ちゃんは暫定チャンピオンでしょ? だから、居るならこっちかなって」 「暫定で悪かったな」 (本当は、「敦ちゃんの着替えを覗きたい、純粋な男心でーす」と言いたいんだけど、そんなこと言ったら確実にここを追い出されるからね)  いつもは本音駄々洩れだが、さすがにそこは考えてあえて章は言わなかった。  拗ねた敦が 「俺の……味方って訳じゃないんだな」  と小声で呟くと、ぷいと横を向いた。  長い睫毛がわずかに震えているように見える。 「え? 敦ちゃん……?」  敦の横顔を見ていると、章の胸の奥になんだかいいしれないものがこみ上げてきた。  章が何かを言おうとしたが、その前に 「……何でもない」  そっけなく敦が断ち切った。 「何でもなくないよ。今、すごく大事なことを言ってた……」  章の言葉を遮り、 「うるさい。お前なんか、あっち行っちゃえ」  と敦はすっかりひねくれた物言いになっていた。 「拗ねるにも程がある。それ、このコンテストの根幹を揺るがす発言じゃない」  悲しいほど客観的な意見を述べたかと思ったら、章は自分のタスキの「賞品」と書いた部分を指さした。 「一体、誰の所為だ」  拗ねる原因を作ったのはお前だと言わんばかりに、敦が章を睨む。 「だけどな、簡単に章を渡さない」 「んきゃー!」 「あいつには、やな思いいっぱいさせられたから、俺のすごさをいーっぱい見せつけて、俺には絶対に敵わないって思わせるんだ。最後の最後まで足掻いて、お前らの仲の邪魔してやる」  ある意味、コンテストに対して前向きなようにも取れるが (どうにも、悪役に片足突っ込んだ発言なんだよなぁ)  と「んきゃ、んきゃ」騒ぎつつも章は思った。  やがて、10時のチャイムが鳴った。  コンテスト開始の合図だ。 「ほら、ゴングは鳴った。司会、始めろ」  と、敦が緞帳の脇から章を押し出した。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

241人が本棚に入れています
本棚に追加