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知己の悲しくも切ない三箇条復唱が、そこまで広くない体育館の逆サイドにまで聞こえると、章が
「向こうは、なんだか戦時中みたいなことやってるねー」
と苦笑いを浮かべた。
敦はそれには答えずに
「……お前は、なんでこっちサイドに居るんだ?」
と尋ねた。
「なんでって……司会だし。まだ、どっちかの舞台袖に控えていなくちゃいけないでしょ?」
「だったら、あっちに行けばいいのに」
拗ねたように、右側舞台の下手を目で指す。
「敦ちゃんは暫定チャンピオンでしょ? だから、居るならこっちかなって」
「暫定で悪かったな」
(本当は、「敦ちゃんの着替えを覗きたい、純粋な男心でーす」と言いたいんだけど、そんなこと言ったら確実にここを追い出されるからね)
いつもは本音駄々洩れだが、さすがにそこは考えてあえて章は言わなかった。
拗ねた敦が
「俺の……味方って訳じゃないんだな」
と小声で呟くと、ぷいと横を向いた。
長い睫毛がわずかに震えているように見える。
「え? 敦ちゃん……?」
敦の横顔を見ていると、章の胸の奥になんだかいいしれないものがこみ上げてきた。
章が何かを言おうとしたが、その前に
「……何でもない」
そっけなく敦が断ち切った。
「何でもなくないよ。今、すごく大事なことを言ってた……」
章の言葉を遮り、
「うるさい。お前なんか、あっち行っちゃえ」
と敦はすっかりひねくれた物言いになっていた。
「拗ねるにも程がある。それ、このコンテストの根幹を揺るがす発言じゃない」
悲しいほど客観的な意見を述べたかと思ったら、章は自分のタスキの「賞品」と書いた部分を指さした。
「一体、誰の所為だ」
拗ねる原因を作ったのはお前だと言わんばかりに、敦が章を睨む。
「だけどな、簡単に章を渡さない」
「んきゃー!」
「あいつには、やな思いいっぱいさせられたから、俺のすごさをいーっぱい見せつけて、俺には絶対に敵わないって思わせるんだ。最後の最後まで足掻いて、お前らの仲の邪魔してやる」
ある意味、コンテストに対して前向きなようにも取れるが
(どうにも、悪役に片足突っ込んだ発言なんだよなぁ)
と「んきゃ、んきゃ」騒ぎつつも章は思った。
やがて、10時のチャイムが鳴った。
コンテスト開始の合図だ。
「ほら、ゴングは鳴った。司会、始めろ」
と、敦が緞帳の脇から章を押し出した。
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