如月十日のこと 2

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「あら、この歌は……」  司会の章に血気盛んにガン飛ばしながら、グルルルrと唸っていた美羽が、聞き覚えのある音楽(アリア)にピタリと静まった。  緩やかに緞帳が上がる。 「少し前に流行った『A Question of Honour(クエスチョンオブオナー)』ね」  近藤大奈が曲名を思い出した。 ―――When two men collide.It’s a question of honour. ―――男達がぶつかり合う時、それは名誉の問題なのだ 「なるほど、これは名誉を賭けた男達の負けられない戦いなのね」  妙に納得する美羽に 「大げさな。たかが一高校のふざけた女装対決に、そんな意味があるなんて思う?」 「思う。あの女装大嫌いな元担(平野先生)が、いくらあの子達が乗せ上手でも、そう何度も女装に応じるわけないもん」 「まあ……、真相はどうかは分かんないけど、あの子達が乗せ上手ってとこは認めるわ」  近藤の視線の先には、いつぞやの黒いロングドレス身を包んだ知己が立っていた。今回は黒髪長髪のウィッグは付けていない。ショートヘアバージョンでの登場だ。 「ぷー、くすくす」  これみよがしに敦が嗤い出す。 「一回受けたからと言って、またもや同じ衣装とは。悪徳教師は『マンネリ』という言葉を知らないようだな。人間は飽きる生き物なのだ。進歩なき愚者に勝利の女神は微笑まない」  と、すっかり悦に入っている。 「確かに、マンネリと言えばマンネリだけど……(どうにも言葉のはしばしに悪役感が漂うんだよね、敦ちゃん)」  冒頭のイタリア語部分のアリア(※)が済むと、メインの英語パートへ曲想が転じるタイミングで、知己が舞台ステージよりランウェイへと足を向けた。  172㎝の知己が5㎝のヒールブーツでランウェイを闊歩すると、腕に巻き付けたオーガンジー生地のストールが軽やかに舞う。黒一色のロングドレスのすっきりとした清楚感に、羽衣か何かを纏うかのような印象を与えた。  使っているBGMも「騎士道」を意味する曲。  凛とした美しさに、清々しさや勇ましさを感じさせた。  するとランウェイ右側から 「いやぁぁぁ、ラノさーん! ふつくしーぃ! ショートもキュートぉ!」  という真っ黄色な声と 「L・O・V・E! ラブリーラノさーん! Y・M・C・A! ヤングマンラノさーん!」  というランウェイの真下から俊也の昭和っぽい声援が聞こえた。 「……でも、受けているみたいだね」  (BGM)が流れ、もはや司会は要らぬとマイクをオフにして章が、敦にも分かり切っている現状を伝えたら、敦のこめかみにビシっと血管が浮いた。 (※)アリア・・・イタリア語。オーケストラをバックに歌うオペラの独唱部分(パート)だそうです。1a07b012-e729-43c1-a83c-7c2b9bbd6b11
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