如月十日のこと 2

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あいつ(俊也)……、マジで裏切り者だな。普段は英単語なんかろくに覚えられないくせに、こういう時だけ無駄に学力を発揮しやがって」  いつもより1オクターブ低い声で敦が罵る。横で (LOVEはともかくYMCAは英単語なのかどうか、甚だ疑問だなぁ)  と章は思った。  マンネリと言う敦が思っているよりも、知己の前回とまったく同じ衣装に会場内の反応は悪くない。  アリアの部分が讃美歌を思わせ、シスターのような黒いロングドレスに合っていた。  知己がランウェイ最先端に立つと、ちょうどサビの部分になった。たまたま合っただけだがまるで計算されつくした演出に、わあっと歓声が沸いた。  ワンポーズ決めて、くるりと踵を返し知己が戻ってくる。 (あー、助かった。今回はアピールタイムの出し物をしなくていいってことになって。これ以上覚えられるか)  ランウェイ歩くのならと卿子が見栄えするようヒールを全力で勧めてきた。もちろん履き慣れないヒールに苦戦し、転ばないように歩くのに必死だった。特訓の末にようやく足元見ないで歩けるようになったが、いつ気を抜くと足をグネるか分からない状態だ。  この一カ月近く、クロードが 「足元ばっか見てないで、肩甲骨くっつけるつもりで胸を張って歩く!」  と竹刀片手に鬼コーチと化して、知己の歩き方を徹底的に鍛えた。ついでに 「そうですよ。4枚パッドは胸張らなきゃ意味がないです」  と卿子も言っていた。 「男性の大半は、おっぱい星人ですからね」  とクロードが言った途端に目を半開きに伏せた卿子が 「女性としてその発言は共感できない上に、ドンが付くほど引きますが、ドレスを美しく見せる為です。平野先生、頑張って」  と、知己を懸命に励ましたのだった。  前回と同じ衣装なのに、予想外に反応がいい体育館を忌々しく見つめている敦が 「旧態依然の『萌え』を理解せぬ愚かな悪徳教師め。俺が、天に代わってお仕置きだ」  と言うと、その隣の章は (んー……。悪役に、美少女戦士っぽい何かが加わったなぁ)  と思っていた。
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