如月十日のこと 2

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「卿っ……坪根さん、それだけはーっ!」  背中のファスナーを一気に腰まで下げられて、下着の端が見えてしまった知己が体を捻って隠す。 「Ms.坪根! 知己が可哀そうですよ。脱がすのはストップ!」  と慌ててクロードも止めに入る。 「え? 何? 何か私、悪いことしました?」  手伝いたい一心でしたことを咎められて、卿子はたじろいだ。 「い、いえ、何も悪いことなんてしてないです……」  思わず出た自分の声の大きさにびっくりした知己が、必死で取り繕う。  卿子にしてみれば、前回の女装の時にも今回の衣装合わせの時にも、知己が気付いてないだけで下着姿に遭遇している。何を今更……な状態だった。 「Because(なぜなら),知己は早着替えの名人ですから手伝わなくてもいいんです」  とクロードがフォローを入れた。 「あ、そうでした」  卿子は思いっきり頷いた。  ランウェイであざとさ満開に、きゃるんとターンし、聴衆から顔が見えなくなって敦はほくそ笑んだ。 (くっくっく。確かに、男はおっぱい星人かもしれん。だが、全ての男がそうとは限らん。例えば、俺のようなロリ(美少女)に巨乳は似合わぬ。そもそもちっぱいには萌えが詰まっているものなのだ。ここは、ちっぱいが正解! ちっぱいこそ正義!)  戻ってくる敦の顔は、舞台袖で待つ章には丸見えだった。 (ああ、今のあっちゃんの勝利を確信した(ゲス)い顔。見られたら確実に票が減るよ)  ハラハラしている章に気づかず (つーまーり、俺が正義なのだ! 己を知ることが勝利への第一歩。分かったか、マンネリワンパターン教師め。工夫を知らぬ猿など、俺の敵ではないわ)  謎のバスト理論を心の中で展開しつつ、「かわ!」という大量の称賛の声を浴びてすっかりご満悦になっていた。  敦が、戻ってくるまでおよそ1分。  卿子がファスナーを全開にしてくれていたのもあるが、知己の着替えは素早かった。  黒いワンピースを脱皮するごとく脱ぎ棄て、クロード達が用意していた衣装の真ん中に立つ。クロードが持つ上衣に袖を通して、前を合わせたかと思ったら即座に帯を締めた。その間にクロードが拾い上げた袴の前を結んだかと思ったら、次の瞬間には床に垂れていた袴の後ろを蹴り上げ、見事キャッチ。素早く結んで、着衣は完了したのだった。 「本当に早い……。特に、最後に後ろを蹴り上げて、着終えちゃうとこなんか芸術の粋だわ」  卿子が感心する。 「慣れです。高校時代の部活で剣道の練習着を何度も着てましたので、こんな横着する芸当も覚えました」 「そんな着方しても、一切乱れてないってとこが素晴らしいですよ」 (……乱れた方が喜ぶ観客が、体育館に()りそうですが)  クロードがランウェイの下に陣取る俊也・門脇・将之を見た。
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