如月十日のこと 3

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「……ですが、あれ(演武)で知己のHDD(ハードディスク)はいっぱいになってしまいました」  不安を隠せず顔色さえないクロードが、ミスコンの舞台に立つ知己を見て溜息を吐く。  予想通り、体育館は知己の扮する美しき剣士登場で盛り上がっている。  2曲目のBGMは敦のリクエストで「Beat it(やっつけろ)!」になっていた。  すぐに曲の意味に気付いた知己は (敦のヤツ!)  と瞬間湯沸かし器的に怒りはしたものの、舞台に出たら、敦の魂胆にかまってなどいられなかった。  どちらかというと、演武以外考えられない「無」の境地に近い。  もちろん、いい意味ではなく悪い意味で。  鬼コーチ・クロードに逆らったら、もれなく約束三箇条を卿子に唱えさせられる徹底した1カ月で、演武は叩き込まれたのだ。  それをこなすので、いっぱいいっぱいだった。  知己の衣装は、洋楽には合わないが、知己が必死に覚えた演武と歌詞はマッチしていた。  竹刀よりも模造刀の方が見栄えがいいだろうというのが、クロードのこだわりだ。ランウェイで日本刀片手に 「すり足で刀身を抜く。そこでジャンプして、半転し、一旦停まってから次の動きで……」  ブツブツと唱えながらたった一つ覚えた演武を繰り広げる知己に 「L・O・V・E! ラブリーラノさん! K・I・T・T! 斬ってくれ、ラノさーん!」  と俊也が弾けた声援を浴びせた。 (KITT?)  司会ではあるがショーの流れから口を挟めない章が、舞台袖で俊也を悲し気に見つめた。 (多分、「KILL」もしくは「CUT」って言いたいんだろうなぁ、俊ちゃん……)  無駄に混ざった謎の言葉。ローマ字にしても間違っている残念な声援に、本人だけは気付いていない。 「んきゃー! ラノさん、きれかわー!(※)」  前田がスーパーイエローな声を発した。  もはや「どこが視察?」「どこが仕事?」的にはしゃぐ前田と違って、隣に座る将之は、まだ「教育委員会」の立場を忘れていない。彼女と共にはしゃぐわけにはいかず、すんっと平静を装ってランウェイを見つめる。 (ああああああああ、先輩の和装……! 見に来て、良かったー!)  澄ました顔とは裏腹に、心の中ではブレイクダンスを全力で踊って喜んでいた。  前田の声援を皮切りに、敦に遠慮していた者も「綺麗だ」と本音を丸出しに騒ぎ始めた。ただ、ほぼ男子高校生で構成された八旗高校。その体育館での野太い声だと「綺麗」が「きれっ」に聞こえた。「きれっ」「きれっ」とあちこちから湧く声援は、ミスコンというよりもボディビル選手権の様相を呈していた。 (※)きれかわ:綺麗で可愛い。
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