如月十日のこと 3

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 会場は先ほどの知己の演武の比ではない。むしろ、知己の盛り上がりを着火剤にして、敦のダンスときわどい衣装に異様な盛り上がりを見せていた。 (これは相手が悪かったですね、先輩)  将之は心の中で合掌した。  もはや勝負は見えている。 (あの敦君を相手に、ここまで……大健闘ですよ。  焼け石に水かもしれませんが、僕は必ず先輩に投票しまs……、ん?)  そこで、ふと気付いた。緞帳の端っこに、司会の出番がなく暇を持て余している章の「賞品・本日の主役兼司会」のタスキの文字に。 (……いや、絶対に投票しませんから、ね)  と、誰も聞いていないのに、心の中で訂正を入れた。  知己がどんなことをしようが、絶対に投票する気はない。 (だって、百万が一にも先輩が勝っちゃったら、章君と付き合うんでしょ? そんなのダメに決まってます)  うっかり不憫なった知己に投票しようと傾いていたが、副賞の章のことを思い出してやめた。 (そういや……前田と後藤は、どっちに入れるんだろう?) 「ツッシー君、いいよねぇ。めちゃかわ(めちゃくちゃ可愛い)ぐうかわ(ぐうの音も出ないほど可愛い)」  不意に扇動する言葉が将之の口をついて出た。 「え?! 中位さん、どうしたんですか? ラノさん推しじゃなかったんですか?」  前田が驚く。 「確かにツッシー君は超絶キュートできゃわわわわ(※1)ですけど……。酷い! この浮気者!」  仲間と思っていたのに、意外な将之の言葉を聞いて、今度は散々に罵り始めた。 「ふーんだ! (アテクシ)は絶対にラノさん推しですからね! 後藤はどうなの?」  逆隣りの後藤に意見を求めた。  だが後藤は、どちらが推しとは答えずに 「僕が知る限り、一番のラノラーは中位先輩なんですよね。その先輩がそんなこと言うとは……」  と、またもや深読みを始めた。 (後藤。変な所で鋭い……)  表情を変えずに思っていると、 「さては……。ラノさんが勝つと、なんかヤなことがあるんですね? 中位先輩」  にやりと後藤は微笑みを浮かべた。 「ないよ」  即答したのに 「嘘つき。その顔は嘘を吐いている時の顔です」  と、普段となんら変わらぬ将之の顔にケチをつけ始めた。 (くそ、後藤の奴。来年度の人事、僕の下じゃない所に飛ばしてやる)  また人事課長にこっそり話をしに行こうと、将之は心に決めていた(※2)。 (※1)きゃわわわわ:前田流言語。「可愛い」と言いたいらしい。 (※2)人事課長に相談:将之が時々使う秘められし漆黒の魔法。パワハラ。ダメ、絶対。 76cef02b-6b6e-4dfc-9fb7-56c7be3ebffc
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