如月十日のこと 5

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「あ、あの……」  知己の頬に朱が挿す。 (ずっと気になってた……。でも、どうしても連絡取れなかった……)  お互いに似たような思いが胸に去来する。 「来てくれてありがとな。久しぶりに会えて、……その、正直嬉しい」  8月から心の中で固まっていた何かが解けだしたような感覚だ。  家永が相手だと、素直に礼が言えた。  そんな知己に応えようと家永は 「いや。その……」  返事に窮した。  門脇達の目がある。  さすがに「俺も会いたかった」とは言いづらい。  特に8月、記憶もないのにあの男の方に行ってしまった知己に対して、言うべきではないと思う。  和装狐コスの知己がステージに跪き、じっとステージ下の家永を見つめて返事を待っている。 「……その姿、似合っている」  家永が出した返事は、最悪の感想だった。 「やめてくれ。泣くぞ」  全力で嫌がる知己に 「本気だ。平野」  図らずも家永は、追い打ちをかけてしまった。 「本気なのが、余計に悪い」 「聞いてくれ。俺は、平野の高校時代の部活動の話は聞いていた。だけど話だけで、そんな格好をしているのを見たことがなかった。だから、本当に……お世辞でも嫌味でもなく、和装似合うんだなって」 「……そういうことか(狐耳のことじゃなかったのか)」  ぽふんと改めてもう一度赤くなった知己は 「……ありがとう」  と、もう一度礼を言った。 (本当はけも耳も似合っていると思っているんだろうけど、そこは知己先生の地雷と踏んで、言葉にしない。家永先生、さすがだなぁ)  と、門脇は思っていた。 「ど、どなたでしょう? あちらの方は」  知己のいつにない親し気な様子に、卿子が戸惑った。 「私も知らない人ですね。でも、知己とすごく親し気だ。なんなら」 「なんなら?」 「……(意地悪マスターより、よほど親し気だ)」  と思ったが、クロードは言葉にしなかった。  門脇の連れてきた最後の人は、門脇達よりも年上で落ち着いた雰囲気だ。しかも知己が恥ずかしそうにしながらも、来てくれたことを喜んでいる。それだけ気の置けない存在なんだろう。 「やだ、素敵。どうしよう」  卿子が両手に頬を当てて、ふるふると身を震わせた。 「どうしようって……?」  卿子の意外な反応に、クロードが言葉に詰まる。
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