242人が本棚に入れています
本棚に追加
卿子とクロードの遠慮なく注がれる視線に気付き、
「いつも平野がお世話になってます」
と、家永が軽く会釈をして応えた。
「……え? あの?」
いぶしかげに卿子が尋ねると
「卿子さんと……クロード=井上先生ですね? 平野から話は聞いています」
順番に卿子からクロードに視線を移して家永は挨拶をした。
「あ、ばか、お前!」
さらりと「卿子さん」呼びした家永を知己は咎めた。
言葉に自分達のことにも詳しそうだと思え、よほど知己が話しているのだろうと感じた。
「あの、どちら様で?」
卿子は自分の名前呼びを気にせずに訊くと
「自分は慶秀大学で理科学研究している家永晃一と申します。平野とは大学時代からの友人なんです」
と爽やかな笑顔と共に自己紹介をした。
(慶秀大!)
有名な難関校の名前に、卿子が驚く。
(そこで研究しているということは……)
当然、難関大学の学生の上をいく頭脳の持ち主だ。
「……門脇君達の大学の先生ですか?」
と卿子が聞くと
「不本意ながら」
家永は即答した。
「不本意、言うな」
門脇がすかさず突っ込む。
かつて問題児だった門脇達を率いるその度量に卿子は
(やだ、どうしよう。すごくかっこいい。あの門脇君が懐いているなんて、この人、凄ーい! 凄ーい! 凄ー……)
心の中で「凄い」にエコーかけながら、それが本当に口から飛び出しそうで、卿子は思わず口元を両手で隠した。
(……卿子さんの目が、ハートになっている気がする……)
敏感に知己は察した。
「それにしても酷いよなー、おっさん」
「おっさん……」
門脇のいうおっさんとは、中位将之のことだ。
不意に、置かれた現状を思い出した。
「あいつ、あのガキの方に投票してたぜ」
投票箱を別々に設置しているので、どちらに投票したかなど丸わかりなのだ。
「何っ!? やはり、そうか!」
「やはりって?」
門脇は首を捻った。
(適当に言い訳しているけど、やはり二人はホテルに行ったのだな……)
(浮気者め……)
(そんなに敦の方がいいのか)
ふつふつと色んな感情が湧いて、消えた。
あの日、無駄だと思いつつも将之に聞いたが、当然のようにはぐらかされた。
狐コスで不穏な空気纏う知己に
(なんか、生霊でも飛ばしそうだ……)
非科学的なことを考えながら家永は、
「お前がこういうのに参戦するとは珍しいな」
と尋ねた。
(まさか、将之が口を割らないから敦の方から聞くため……とはとても家永に言えない)
黙る知己に
「あいつら、卒業するから渋々付き合ってんだろ?」
門脇が助け船出した。
「……まあ、そんな所」
知己は家永から視線を外して答えた。
やがて時計は11時を指した。
最初のコメントを投稿しよう!