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容赦ない章に
「お前……、失恋確定の俊也に、よくもそんな傷口にハバネロ塗り込むようなことを」
さすがに敦も呆れていた。
だが、
「大丈夫。俊ちゃん、先生の好きな人が将之さんと聞いてショック受けたみたい。後半の話は聞いてないみたいだよ」
と章は平然と言った。
「将之さん……? 将之さんか……?」
確かに後半の激辛発言は、将之の名前を繰り返しブツブツと呟く俊也の耳には入っていないようだった。
「先生!」
突然、俊也は知己の下ろした両腕を再び掴んだ。
「頼む! 嘘だと言ってくれ!」
「え……、あ、あの……」
一瞬驚いたものの、知己は今は自由な手の平で袴がしわになるのも構わずにぎゅうっと握りしめた。そして、
「ほ、本当……です」
なぜか丁寧語で答えると、真っ赤になって俯いてしまった。狐耳のなくなった黒髪の上には、湯気が立ち上りそうな幻覚まで見えた。
(めっかわ……)
人はこんな可愛い顔をできるものなのかと俊也は思う。
さっき、章達のことを思って微笑んでいた知己とは、また違う顔だと俊也は思った。
(俺、先生のこんな顔、見たことねえな……)
そう思うと、俊也は知己の両腕を掴んだ手をゆっくり放した。
「そっか。将之さんか……。だったら、俺、諦めつく……かな……。は、はは……」
目尻にほんの少し涙を浮かべて、無理に笑顔を作ってみせた。
「でもさ、先生。将之さんに振られたら、いつでも俺の所に来なよ。その時は……」
少し言いよどんだ後に、俊也は
「その時には俺、頑張ってめちゃいい男になってるから。そしたら、先生を絶対に笑顔にしてやっからよ」
知己にバレないように、そっと涙を拭った。
(俊也にしては、なかなかにイケメンだな)
と敦が思っていると
「整理券順だと、かなり後になりそうだけどねー」
やっぱり傷口にデスソースを流し込む発言を、章はくり出した。
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