空白の一日

2/15
前へ
/778ページ
次へ
「詳しく話を聞いた方が良さそうだね」  将之はキーボックスに向かい、「会議室1」と書かれた鍵を取り出した。  そこに、なんとか前田を取り押さえた後藤が 「この時期は、モンスチュがよく来ますねー」  と話しかけた。 「確かに。一昨年に門脇君が来たのも、この時期だね。  こうもモンスチュが来るのなら、高校の『自由登校』の見直しを検討してもらいたいもんだ」  将之は会議室の鍵を、どこか虚ろな目をして眺めた。 「あら、やだ! カウンターに来ているのは、もしかしたらツッシー君?」  後藤に取り押さえられて渋々パソコン画面に向かっていた前田が、カウンターで将之を待つ人物にようやく気付いた。  学ラン着た分厚いメガネ男子にはじめは分からなかったようだが、前田は入学式などの式典で何度か敦本来の姿を見たことがあった。 「おいでませ、委員会へー! (アテクシ)が、文科省のお客様にお出しする最高級玉露を用意しまず斉彬(なりあきら)は篤姫のパパン!」  敦が来たことで、だいぶはしゃいでしまい、うっかり素の前田になっている。  前田が入るとややこしくなると危惧した将之は 「後藤。前田君を来させないで、ね」  と頼んだ。  後藤は、 「(了解)!」  と敬礼すると、給湯室に向かった。  やがて給湯室からは 「後藤、邪魔しないでぇぇぇ……!」  の声がフェードアウトしていった。 「なんか甲高い悲鳴が聞こえたような……」 「気にしなくていいよ。ここではよくあることだから」 「よく……あるのか?」  不安そうな顔をする敦を、将之は前を歩いて『会議室』へと案内した。 『会議室1』とプレートのかかった部屋の前で鍵を開けると、プレートをひっくり返し『来客中』の文字に替える。そして、扉を大きく開き 「どうぞ、つっしー君」  と笑顔で招き入れた。  会議室の中には、幅広のテーブルが1個に椅子が4脚。壁にはカレンダーと電波時計があるだけの質素な部屋だった。極力、刺激になるものを排除している意図を感じる。 「訳有ってお茶は出せなくなっちゃったけど、いいかな?」  手のひらを差し出し、座るように促すと 「いいに決まってる。俺は、茶を飲みに来たわけじゃない」  と言い、敦は将之の真正面の椅子に座った。 「第一、俺は緑茶が渋くて嫌いなんだ」  と言う敦に (前田君、玉露出さなくて良かったようだよ)  と将之は思った。 「じゃあ、話を聞かせてくれる」 「もちろんだ」  敦は首を大きく縦に振った。
/778ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加