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「でも……そしたら、章がいなくなっちゃった……」
(そりゃ、そーだろーなー)
さも、ありなんと心の中で大きく頷いていると
「必死で探してたら、登校している俊也から『学校の理科室にいる』ってメールが届いて……。俺、嫌な予感がしたんだ。……あいつ、悪徳教師のことが……好き、だ……から……」
喋るスピードを加工されたかのように最後は声がどんどん低くなり、最終的には通常の2オクターブ低い声で敦は言った。
(うわ、章君。徹底しているんだなぁ。敦君は、章君が好きなことを1mmも知らないぞ……)
春の電話で、章はバレるのを極度に嫌がっていた。それは将之も知っていることだが、それを未だに少しも匂わせてもいない。
(本人がそれほど隠しているのだったら、僕が言うのは野暮だなぁ)
言えば、「悪徳教師に処分を」という教育委員会への直訴は、あっというまに解決するのだが。
「それで、俺、急いで学校に行ったんだ。そしたら、ちょうど章とあいつが喋ってて……、多分、章が『好きだ』と言ったんじゃないかな?」
(絶対に違うと思うな)
「『僕ら、両想いかなぁ』って言って」
(それも絶対にナイ)
「悪徳教師が何かの青春ドラマにかぶれたみたいに『俺の胸に飛び込んで来い』みたいなこと言ったら」
(うーん。死んでも、あの人はそんなこと言わない)
将之は、知己がそんな青春ドラマを観ている姿を一度も見たことないのでかぶれようもない。
だから、疑わしいのは敦の記憶の方だ。
大方、レトロ趣味の章に見せられた往年の熱血青春ドラマの1シーンと、記憶がすり替わっているのでは……と思った。
「そしたら、章がふらふらと前に飛び出して、あいつに抱きついちゃったんだ。そして、『大好き』と言ってた……」
(その辺だけは、本当っぽい……)
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