空白の一日

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 敦は言い終わって、不安げに視線を落とした。  だが、次に顔を上げた時には恐ろしい形相で 「……こんだけ証拠が揃ってんだ。懲戒免職は免れんだろ?! さっさとあいつをクビにしろ!」  と強い口調で命令した。 「何回も言うようだけど、そう簡単に解雇なんかできないよ」 「なぜ? こんなに証拠揃ってんのに?」 「証拠と言っても、君の見たり聞いたりした状況証拠ばかり」 「証拠は証拠だろっ?」 「……しかも」 「しかも?」  敦が鋭い視線で将之の言葉を復唱し、問いただす。 「……しかも、かなり君の主観に寄った状況証拠だよね」  バインダーの謎の言葉が羅列するメモを見ながら将之が言うと 「はああああ?!」  もれなく沸点に達した敦が、怒りのあまり裏返った声を上げた。 「俺の言うことが間違っているというのか!?」  目の前のテーブルにばんっと音を立てて両手をつき、その勢いで立ち上がった。  だが、将之は 「そんなに感情的(ムキ)になると、ますます信頼は薄くなるよ」  涼やかな顔で対応する。 「むかつく! 俺をこんな(感情的)にしたのは、ライオさんじゃないか!」 「そうかな?」 「そうだよ!」 「まあまあ、敦君。冷静になって」  将之は持っていたボールペンで椅子を指し、座るよう暗に示した。  どこか飄々とした将之の態度に、 「……ちっ」  舌打ちしつつ、敦はどかりと促されるままに腰を下ろした。 「一体、あんたはどっちの味方なんだ?」  苦々しく問うと 「誤解を受けていそうだけど、教育委員会って所はね、保護者や生徒そして教職員からの相談受付する所なんだ」  ホームページに記載している文章のまんま将之が答えた。 「だから?」 「つまり、立場上はどっちの味方でもあるんだよ」 「……都合のいい言い方しやがって」  ぷいと横を向いた敦が 「いや、待てよ」  と気付く。 「今、『立場上』って言ったな」 「言ったね」  にっこりと将之が微笑みながら頷く。 「……ということは、にはどっちの味方なんだか……」  なんとなく敦にも察することができた。  高校時代の先輩後輩の間柄だと言っていた。  章と知己の後を尾行し(つけ)、それがバレたらひどく気まずそうにしていたのも覚えている。  去年の卒業式でも、自分達と話している所に知己が来たら早々に逃げ出した。 「……なんか弱みでも握られているのか?」 「うん? そんなことはないよ」  と言いつつも将之は (体の弱い所を握られて「これ、早く挿れて」って言われることはあるなぁ)  と考えていた。
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