空白の一日

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「弱みとかじゃなくってね、【労働法】って言ってさ、法律的に一度雇った人をそう簡単に解雇できないシステムがあるんだよね」 「だけどっ! 生徒に手ぇ出してたんだぞ!? 不純同性交遊だろ?!」  敦がもっともな意見で反論する。  昨年の2月には、章と知己の不純同性交遊を邪魔した仲だ。  その辺の処分の重さは、お互いに十分分かっている。 「そうだね。二人に関係を問いただして、この件を明るみに出せばそれも可能だけど……」  将之が語尾を濁す。 「『だけど』? 何だ?」  はっきり喋らない将之に、いらいらとして敦が聞くと 「いいの? そんな手段で」  将之はバインダーで口元を隠しながら敦に尋ねた。 「……え?」 「そんなことして、君は章君に嫌われない?」  ぴくりと、テーブルに置かれたままの敦の拳が動いた。 「君の言うところの……な人の仕事を奪って、章君は君を恨んだりしない?」 「なっ……、なぜ俺が恨まれる? 悪いのは、学校で両想いだの好きだのといちゃついてたあいつらだろう?!」 「だって、君が委員会に相談したのが原因だと知ったら、普通、その相手を恨むでしょ?」 「ぐっ……!」  敦の手がまたもやピクリと動いた。 「あ、あんたが黙っていればいい話だろ?」 「そう? でも、平野先生と章君が抱き合っていたのを見たのは君しかいないんだよね。賢い章君なら、教育委員会にタレ込んだ(報告した)のは君だとすぐに気付くよ」 「あ……」  ようやく将之の言わんとすることが分かって、敦は視線を反らした。 (そっか。悪徳教師(あいつ)をどっか章の分かんない所にやっちゃえばいいと思ってたけど、そんなことしたら俺が章に恨まれるだけ……)  短慮だったと敦は気付き 「そ、それもそうか……」  さっきまでの勢いをなくし、弱々しく呟くとそのまま口を閉ざした。 (じゃあ、じゃあどうしたらいいんだ? どうしたらあいつら(章と悪徳教師)の仲を裂くことができるんだ? もう、どうしようもないのか?)  絶望に打ちのめされて、真っ暗になって敦は緩やかに拳を解いた。  昨年の二月同様、章と知己の不純同性交遊阻止してくれると思っていた頼みの綱の将之は、全く協力してくれそうにない。  だが、放っておくと二人は卒業後、敦の知らない所で仲睦まじく付き合いだすのだ。 (そんなのやだ。俺の知らない所で章が大人の階段を一段抜かしで上がっていくのは嫌だ)
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