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将之は明日以降でもいい仕事までして遅くまで残ったが、やはり敦のことが気になって、1階のカフェを覗いてみた。
案の定、既に20時も近いというのに帰ろうとしない敦が居た。
とうとう将之が折れ、
【今夜は急な仕事で帰れなくなりました。
職場近くのホテルに一泊しますので、
カップラーメンを食べてください。】
と、知己にメールを送る羽目になったのだった。
+++++
「……これが嘘偽りない、全てだ」
女装勝負をしてでも聞きたかった話なのに、なんだろう、この言い知れない肩透かし感は。
「そして俺はこれまでのお子様から脱皮し、一皮むけた大人になったのだ」
「あ、そ」
まあ、そんなことだろうと思ったが、章があまりにも慌てふためくものだから自分まで妙な妄想に囚われてしまっていた……と反省する。
「良かった。じゃあ、敦ちゃんはまだ処女で童貞なんだね! 僕は、ライオさんとホテル行ったなんて言うから、てっきり……」
という章に、俊也が
「は? 童貞は分かるが処女ってなんだよ?」
頬を赤らめながら突っ込んだ。
それを華麗にスルーした敦は
「俺が、男とシてイケナイことをしようとしたのを、将之さんは優しく止めてくれた。いい人だ」
と続けた。
(あまり優しくはなかったようだが)
なんか言い方が怪しいが、ツッコんだら負けのような気がして、知己もそこは気にしないことにした。
「ちなみにホテルは、そこら辺のビジネスホテルのシングルを階違いで2部屋取ってくれた。俺の、章への気持ちを大切に思ってくれた、優しいライオさんの配慮だ」
(よっぽど敦とのお泊りが嫌だったんだな、将之)
「ホテルでライオさんが『絶対に僕とホテルに泊まったなんて、言わないでね』『特に平野先生には言っちゃダメだよ。絶対に僕の名前を出さないでね』と、言っていた。
名前を明かすな……とは、最後までなんて奥ゆかしい人だ」
「ああ、そお」
まったく感情がこもらずに、知己は相槌を打った。
「あまりにも奥ゆかしいものだから、興味半分で
『なぜ、そんなにあいつに遠慮する? 尻にでも敷かれているのか?』
と聞いてみたら
『物理的にはいくらでも敷かれてみたいし、新しい扉を開いてみたいとは思っているけど、別に敷かれてはいない。むしろ、お尻にはお世話になっている』
と、よく分からないことも言ってた」
「あああああああ、そおぉぉぉ」
知己の柳眉が、ぴくぴくとひくついていたような気がした。
―空白の一日・了―
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