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「そういや、俊也は?」
「何、言ってるの? ずっと、そこに居るじゃない」
「……え?」
気付くと浮かない顔した俊也が、章の指さす先に立っていた。
胸には先ほど配られた卒業生のコサージュを付けている。
が朝のHR後、卒業式前の喧騒としたクラスの中で一人、ずっと黙って気配を消して……というよりも、生気のない顔で知己の横に佇んでいたのだ。
(全然気付かなかった!)
すぐ隣にいたのに気付かないほど、俊也は知己の死角に入り込み、静かに空気に溶け込んでいた。
「何してんだ、俊也……?」
俊也の前世は忍者だったかもしれないと思いながら知己が聞くと
「馬鹿だね、先生」
章が、指をワイパーのように横に振る。
「僕らのシェアハウスのお手本が先生と将之さんだと知って、俊ちゃんがへこまないわけないじゃない」
「……あ」
知己は再び(うっかりしていた)と、自分の口元に手を当てた。
「確かに、先生の好きな人がライオさんだとは知ってたよ……。だけど、シェアハウスしているわ、『お風呂どうぞ』なんて言われるわの関係だとは知らなかった……」
これは聴力検査か? というくらいの微かな声量で俊也が言う。
「いや、いいんだ……。俺……蓮様と同等にリスペクトする将之さんになら先生を託せる。むしろ、頼れる男将之さんにしか先生を託せないからな……だけどな」
色々ツッコミたい所はあったが、聴力検査は続いていた。
「……今日を限りで先生に会えなくなると思うと……俺、もう……どうしていいやら分からない……」
どんより。
その形容詞が、ぴったりな俊也に
(……章達とは雲泥の差だな)
と知己は返事に困った。
とうとう、ぐすぐすと泣き始めた俊也に
「もう、俊ちゃん。涙はまだ早いよ。卒業式まで取っとかないと」
どこかで聞いたような定型文の言葉しか言わない章は、きっと全然心を籠めていない。
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