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「ふふ……、潰されるのは怖いねぇ」
将之は苦笑いを浮かべながら言うが
(あ、絶対に怖いなんて思ってないな)
と知己は思った。
そして、
「大丈夫。絶対に泣かさないから」
と改めて章に向かって言うのだ。
「先輩は僕が幸せにするって決めている。だから、絶対に泣かさない。君達に誓ってもいいよ」
少しおどけているような、それでいてすこぶる真剣なような。手のひらを章達に向けて、まるで教会で誓うような真摯な仕草をしてみせる。
「……」
黒スーツ姿の将之のなんとも優雅なポーズに、三人はいつもの毒吐くのも忘れて、思わずぽわんと見とれてしまっていた。
「……ま、将之ー!」
知己が真っ赤になって、慌てて名前を呼ぶと、その知己の声に章が一番先に現実に戻ってきた。
「……僕らは、チャペルの神父さんじゃないよ」
と今更ながらにツッコむと
「…………………けっ。リア充爆発しろ」
俊也も、ようやくいつもの調子を取り戻した。
敦だけは
「章。俺にも今度、あんな感じのことを言ってくれ」
と、しきりに章の背中でせがんでいた。
そうしているうちに、駐車場の方に生徒がちらほらと姿を見せ始めた。教室での別れを満喫した生徒達が、帰るために外に出てきたのだ。
色々あったが、それでも母校だ。
いつまでも名残が尽きないらしく、それぞれ別れと旅立ちを祝い、共に写真撮ったり挨拶を交わしたりとする。
知己も「八旗高校卒業式」と書かれた門の看板の所で「一緒に写真を」と生徒に誘われ、そちらに向かった。すると章達もそれに倣って、知己について行き、友人たちと語らっている。
(ほら、ね)
と、思う。
(やっぱり、先輩から「教師」って職業は取り上げちゃダメなんですよ)
いつかの判断は間違いじゃなかったと知己達の後姿を見送る。
それから、将之は駐車場に停めている愛車・メルセデスに乗り込んだ。
ドアを閉める重い音を聞きながら、
(帰ったら、まず前田君の妬み事を聞いて、後は年度末書類をやっつけなきゃ……)
これからの予定をなんとなく思い浮かべ、さぁ、帰ろうとシートベルトを締めた時、
「あ」
と将之は声を上げた。
「しまった。『泣かさないけど、夜は啼かすよ』って言い忘れたなぁ」
と、気付いたのだった。
―教育ノススメ。+・完―
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