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夏休みはそう簡単に訪れない 1
裏山のセミがせわしなく鳴く7月の終わり。
「お前ら、一体、何やってんの?」
知己が苦虫を一度に十匹ほど嚙み潰したような顔をして言った。
「補講」
きょとんとして吹山章が答えれば
「んなの、分かっているっつーの!」
さらに三十匹噛み潰した顔になった。
普通だったら夏休み突入直後。学生たちはこれからどう過ごそうか、ワクワクして過ごしている。
そんな中、八旗高校理科室では強制補講が行われていた。
参加しているのはよりにもよって、例の三人だった。
「……はあ」
深いため息をつく章に、強制補講を受けねばならないわが身を嘆いてかと思った。
「失敗した」
ポソリと悲し気に漏らす。
(そうだろう。そうだろう)
同意するが、言葉には出せない。
(世の高校生たちが、夏休みを謳歌しているってのに、お前らはこうして強制補講に引きずり出されているんだもんな)
強制補講を計画した学校側の立場の者としては、彼らの状況を同情しても、それを声にすることはできなかった。
強制補講とは、ただの補講ではない。文字通り強制的に行われる補講だ。
中間期末考査の点数を足して二で割り、及第点である30点を満たせないものには単位が下りない。だから強制補講を行い、それを補うシステムである。留年生を出さない高校側の救済措置だった。
「俊ちゃんがここまで馬鹿だったとは」
「うるせぇ!」
即座に章の左隣に座っていた須々木俊也が応戦した。
「俊也は頑張って勉強したけど赤点だったんだな?」
一触即発状態の章と俊也の間に入り、知己はまあまあと宥めた。
「俺、文系だもん。理数系苦手」
理数系どころの話ではない。俊也は現代文も漢文も現代社会も公民も赤点すれすれだった。どの教科も安定の低空飛行。たまたま赤点ギリギリ通過し、強制補講だけは免れたという話である。
「言い訳にならん」
生徒たちが勉強苦手なのは重々承知の上。考査の問題は、できる限り易しいもので構成したつもりだったが、生憎と俊也には通じなかったようだ。知己の想像の上を行く俊也の学力だった。
「敦は……?」
今度は章の右隣に、いかにもつまらなそうに座る梅木敦に訊いてみた。
「点数はそこそこあったけど、出席日数がヤバいんで、強制補講出たらそこんトコOKしてくれるって言うから」
「そうだったな。分からないのが……」
知己はさっきとは違い、ニコニコとしながら自分の名前を呼ばれるのを今か今かと待っている章に視線を移した。
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