241人が本棚に入れています
本棚に追加
「あら、この歌は……」
司会の章に血気盛んにガン飛ばしながら、グルルルrと唸っていた美羽が、聞き覚えのある音楽にピタリと静まった。
緩やかに緞帳が上がる。
「少し前に流行った『A Question of Honour』ね」
近藤大奈が曲名を思い出した。
―――When two men collide.It’s a question of honour.
―――男達がぶつかり合う時、それは名誉の問題なのだ
「なるほど、これは名誉を賭けた男達の負けられない戦いなのね」
妙に納得する美羽に
「大げさな。たかが一高校のふざけた女装対決に、そんな意味があるなんて思う?」
「思う。あの女装大嫌いな元担が、いくらあの子達が乗せ上手でも、そう何度も女装に応じるわけないもん」
「まあ……、真相はどうかは分かんないけど、あの子達が乗せ上手ってとこは認めるわ」
近藤の視線の先には、いつぞやの黒いロングドレス身を包んだ知己が立っていた。今回は黒髪長髪のウィッグは付けていない。ショートヘアバージョンでの登場だ。
「ぷー、くすくす」
これみよがしに敦が嗤い出す。
「一回受けたからと言って、またもや同じ衣装とは。悪徳教師は『マンネリ』という言葉を知らないようだな。人間は飽きる生き物なのだ。進歩なき愚者に勝利の女神は微笑まない」
と、すっかり悦に入っている。
「確かに、マンネリと言えばマンネリだけど……(どうにも言葉のはしばしに悪役感が漂うんだよね、敦ちゃん)」
冒頭のイタリア語部分のアリア(※)が済むと、メインの英語パートへ曲想が転じるタイミングで、知己が舞台ステージよりランウェイへと足を向けた。
172㎝の知己が5㎝のヒールブーツでランウェイを闊歩すると、腕に巻き付けたオーガンジー生地のストールが軽やかに舞う。黒一色のロングドレスのすっきりとした清楚感に、羽衣か何かを纏うかのような印象を与えた。
使っているBGMも「騎士道」を意味する曲。
凛とした美しさに、清々しさや勇ましさを感じさせた。
するとランウェイ右側から
「いやぁぁぁ、ラノさーん! ふつくしーぃ! ショートもキュートぉ!」
という真っ黄色な声と
「L・O・V・E! ラブリーラノさーん! Y・M・C・A! ヤングマンラノさーん!」
というランウェイの真下から俊也の昭和っぽい声援が聞こえた。
「……でも、受けているみたいだね」
曲が流れ、もはや司会は要らぬとマイクをオフにして章が、敦にも分かり切っている現状を伝えたら、敦のこめかみにビシっと血管が浮いた。
(※)アリア・・・イタリア語。オーケストラをバックに歌うオペラの独唱部分だそうです。
最初のコメントを投稿しよう!