如月十日のこと 4

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(なぜ、こんな何も打ち合わせなくみんな踊れるのだろう?)  と知己が思いながら歩みを進め、やがてランウェイの先端にまでたどり着いた。  否が応でも、観客の視線が集まる。 「……ぇ……と」  敦のように何かしなきゃと思ったが、3つ目の衣装のこともBGMのことも知らされていなかった知己は、何をどうしたらいいか分からない。  とりあえず、狐耳としっぽを付けられたのだけは分かっていたので、踊っていた皆の真似して、親指と中指薬指をつけて狐を作って 「…………こん」  と、遠慮がちに言ってみた。  その途端 「おにかわー!(※1)」  と、あちこちから叫び声が上がった。 「お、鬼……?」  知己が戸惑う。  これは狐のポーズではなかったのか?  だのに、飛び交うのは「おにかわっ!」の声援ばかりだ。 「???」  こんな状態で長くランウェイの先端に居続けられず、知己はくるり踵を返した。 「踊らんのかーぃ!」  すかさず俊也が突っ込んだが 「(踊りを)知らん!」  知己が真っ赤になって振り向きざまに言うと、捻った腰の動きに合わせて大きなしっぽがぽよよんと揺れた。 「んきゃー! むりかわー!(※2)」  踊っていた前田が、一瞬ぴしっと「きをつけ」の姿勢を取った。次の瞬間にはそのまま後ろにバターンと倒れたので、慌てて隣の将之がキャッチした。そして、将之の腕の中で前田が 「お母さん……、産んでくれてありがとう」  と、そっと涙を流していた。 (なんだよ、もう!)  なんだか知らないが、めちゃくちゃ恥ずかしい。  皆が知っている曲を知らなければ、踊りも知らない。  一人疎外感を味わい、ぷりぷりとしっぽを揺らしながら知己は足早に舞台袖に戻っていった。   「クロード! どうして曲のことを教えてくれなかった!?」  戻るなり、知己はクロードに詰め寄った。 「だって、知己……。『任せる』って言いましたよ。ねえ、Ms.坪根」 「はい、言いました」  あっさりと卿子が頷く。 「でも、ダンスくらい教えてくれても……」  あれだけ大勢が躍っていたのだ。  だったら、いくら知己でもできただろう。  少なくとも演武よりは、簡単そうだ。  みんなが躍る中、何もできずに帰ってきた自分が不甲斐ない。 (そんな格好で迫られても……)  狐耳つけて頬染める知己に詰め寄られて、クロードは悪い気しなかった。 「あなたのHDDは演武でいっぱいいっぱいになってたじゃないですか。新しいことを入れたら、混ざってしまって演武も台無しになってしまう」 「そ、それはそうかもだけど」  ちらりと舞台の向こうを見ると、章は爆笑し、敦は金剛力士像みたいな顔になっていた。 (※)やっぱり可愛いの類語。 (※1)おにかわ:最強に可愛い。 (※2)むりかわ:もう無理!って感じに可愛い。
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