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本編
「この世界に強制召喚させられてからはずっと神は死んだとか次会ったら絶対息の根止めてやるとばかり考えてたけど、改めるよ。俺は運命を信じたい」
俺は運命を信じたい。
前半の物騒な部分は捨て置いて、うっとりとした瞳でそんなことを言われたら、なんとまあ素敵な愛の告白だと思うだろう。
しかしTPOは大事だな。あれを弁えていなければ全てが台無しだ。タイム、プレース、オケージョン。これが有るのと無いとでは言葉から受ける印象は180度違う。異世界から召喚された彼の言葉がコペルニクス的転回をする理由は三つある。時と場所と場合である。
「今何時だか知っているか?」
「ごめん、時計を忘れて来てしまったようだ。でもほら、月がてっぺんにあるから……日付は超えてると思うよ」
「俺の認識と合っているようで安心した。異世界の人間は様々なことがこちらの常識から外れていると聞くからな、今が真っ昼間に見えていたのか心配したところだ」
「心配を掛けてしまったの? 可愛い人だ」
「これ嫌味なんだがな」
今度からはストレート悪口にしよう。そう心に決めて、一先ずベッドから降りるように促す。
時は夜の帳が下りきって、場所は誰しも安定の地と呼ぶべき自室のベットの上。言うまでもないが、今しがたまで寝入っていた。寝ていたところを叩き起こされたのだ。場合の場の字もない。
ここまでTPOの役満なら誰もこの手を振り払ったところで文句を言えないだろう。にべなく断られて当然だ。しかしこの非常識が許されるのは、彼がこの世界の神に望まれ召喚されて来た異世界人であることによる。
「異世界人、降りろ。何度も言わせるなよ」
「俺のことは夕陽(せきよう)と……あ、ここでの名前はええっと、そう、ゾーイだ。どうかゾーイと呼んで、愛しい人」
「黙れよ、俺はお前がその名を戴くことにまだ納得していない」
ゾーイというのはこの世界に出現した最初の勇者の名前だ。異世界からの召喚によりこの世界を救ったとされる人。以降何代も勇者は出現しているが、どの代の勇者もこの世界では勇者の始祖である女性に倣い、皆ゾーイと呼ばれる。
その名を彼は昨日、国王からの勅命で戴いた。
「気持ち悪いんだよ、今まで散々いじめても泣いてるだけだったくせにいきなり勇者になんかなりやがって」
「ああ、可愛い顔をして……君はそうでなくちゃね」
ねっとりとした手つきで手の甲を撫でられ思わず仰け反りベッドから落ちた。異世界人、もといゾーイが心配気な瞳でこちらを見下ろしている。
「大丈夫? 前から思ってたけど君は、その……少しだけおっちょこちょいだよね」
「うるさい!」
思わず顔が赤くなる。前からということは、こいつは学園にいた頃から俺にそんなことを思っていたのか。
学園にいた頃というのは、数ヶ月ほど前までの話だ。俺たちは同じ学び舎で肩を並べる学生だった。召喚された勇者は社会勉強として数年間猶予が与えられ、そこでこの世界の常識やら魔法やらを学び、勇者としての適性を測られる。適性が無くかつ本人が望むなら元の世界に帰されるという話だ。
俺のような一般人には関係のない話だが、別世界から召喚される異世界人というのは実は珍しくない。年に数人いて、その中でこの世界を気にいるのが数年に一人、勇者としての適性を見出されるのが数百年に一人の塩梅だと聞く。
多分、幻滅するのだろう。魔法と共存した世界ではあるが、特殊な魔法が使える人間というのは一握りだ。大抵は一日かけてコップ一杯分の水を出すとか、氷が溶けるのを少しだけ遅らせるとか、なんとなくしょぼい。そして他所の世界から来てもその基準に当てはまるらしかった。
こいつも学園にいた頃は道端の小石を動かす程度の能力だったくせに、実は惑星をも落とす超魔法が使えることが発覚した。それが本当なら完璧に勇者の器だ。
俺は例に漏れず能力がしょぼくて、使える魔法は自分の直径1メートル以内の音を完全遮断することだ。人間を相手に使うと必然的にパーソナルスペースに入り込むことになるので、相手に好意的だと勘違いされやすい欠点がある。
だが、そんなくだらない勘違いは今までされなかった自信がある。俺はこの能力を悪意ある使い方しかしてこなかったからだ。周囲に聞かれない状況を作って罵倒したりとか、物陰に引き摺り込んで引っ叩いたりとか。
「お前、今王城で旅支度をしているはずだろう。何でわざわざ俺のところに来たんだ」
俺が納得していなくともこいつは勇者として認められてしまった。勇者として正式に名を頂いたことで、ゾーイは明日より魔王軍討伐の旅に出るはずだ。その彼がどうしてここにいるのか、考えたら今までの仕返しに来たとしか考えられなかった。
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