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「怒ってるんだろう。今まで散々人に聞かれないようにして罵倒したから。頬も叩いたし」
「え? 違うよ。近況が落ち着いたからルカに会いに来たんだ。王に報酬の話もしたしね」
どう考えても近況は落ち着くどころかこれから慌ただしくなる時期だろう。勇者として報酬があるのはまあわかるが、その話がどうして今話題に上がるのかわからない。
話が噛み合うようで噛み合わない。こいつは昔からそうだったと思い出し、何でもいいから早く追い出すことにした。
「いいから出て行け! これ以上話を続けるようなら勇者に襲われたと叫ぶからな!」
「えっ、そんな……ルカったら積極的……」
立ち上がり、ベッドの上から落ちた俺を見下ろしていたゾーイの身体を押す。突き飛ばすつもりだったのに思いの外重くてびくともしない。むしろ俺が押したのに合わせて自分から倒れ込んだように思えた。バランスを崩したところを引っ張られ、彼の上に乗り上げる。
月の光に照らされた部屋の中で、俺のベッドに横たわるゾーイとその上に馬乗りになった俺。ぱちくりと目を瞬かせる俺の下でゾーイが荒い呼吸を抑えている。
「こんな急展開、いや近いうちにそのつもりはあったんだけど……ああルカ、ルカは初めてなんだよね? 俺、優しくするから」
ねっとりと臀部を撫でられ全身が粟立つ。いや待て何の話だ。初めてって、優しくするって何のことだ。状況が状況だけにその言葉と手の動きの意味は理解したが、思考回路がわからない。
「やめろ! だいたいルカ、ルカと馴れ馴れしく俺の名を呼ぶな。ルミネスゾーナと呼べ」
「え? でもルカは公爵家を廃嫡されたんだよね?」
「ッ、うるさい!」
ルカ・ルミネスゾーナは廃嫡された。その話は真実だ。俺は公爵家の人間として第二王子と婚約者という間柄であったのだが、この異世界人が出現したことで全てがひっくり返ったのだ。
第二王子はゾーイに惚れ、俺を捨てた。表向きには俺の不祥事から婚約破棄とされている。俺は何も悪くない。ただ善し悪しで割り切れるほどこの世は甘くなく、権力に勝つのはそれより大きな権力を持つ者にしかできないのだ。そして、この世界で王家に匹敵する権力を持つなんて勇者くらいしか有り得ない。
俺も、王子から一方的に見初められたゾーイも悪くない。それでも割り切ることができなくて、ゾーイをいじめ抜いた。こいつは道端の小石を動かすくらいしかできないくせに、異世界から来たというだけで俺の人生をめちゃくちゃにしたのだ。
「ルミネスゾーナ公爵令息じゃないルカはもう誰のものでもないルカだよね。勿論あの王子のものでもない。だから俺の報酬は君にしたんだ、明日の朝には公式に命が下るはずだよ」
「……は?」
「あっでもやっぱり婚前交渉なんて外聞悪いかな……だからこそ婚約者がいたルカの純潔が今も守られてるわけだし」
俺が童貞処女なのは王子が俺にこれっぽっちも興味を示さなかったからだ。俺は俺で他に好きな人もいなかったし、王子の婚約者ともなれば誰も俺にそういう意味で見向きはしなかった。
それでも婚約破棄の理由は俺の不祥事な訳だから、公然には俺が不特定多数と肉体関係を持ったとされているはずなのに。いや、問題はそこじゃない。
「報酬が俺……?」
「うん、魔王討伐の報酬。さっき魔法の発動を終えたんだ。星を引き寄せるのには一晩かかるからまだ魔王は生きてるけど、相殺できる超魔法を発動しない限り魔王城に星は落ちる。明日の朝には全てが終わっているはずだ」
「? ……、?」
「そしたら俺たち、結婚しようね!」
言っている意味がわからない。規模が違う。
「もう……もう何でもいいから寝かせてくれ」
寝起きに、というより眠りを妨げてまで摂取していい会話のカロリー量じゃない。もうお腹いっぱいだ。
退く気配のないゾーイの隣に横たわる。緩んだ理性が「もうそこに居ていいから寝かせろ」と言いそうになったのを寸前で飲み込み、早く出て行けと退室を促す。言ってしまえば最後、本当に朝まで居そうで恐ろしい。
だいたい、ゾーイはここに居ていい人物ではないのだ。勇者は通例として王家と結ばれることになっている。第一王子は既に王妃を迎えており子宝にも恵まれているから、結婚するなら第二王子だろう。現に彼もその気になって熱心に口説いていたのだし。尤も、あれはゾーイが勇者になる前からの一目惚れらしいが。
「ああ、そんなルカ、無防備だ……俺の理性を試さないで」
「試してない」
「君は純粋だから、男の怖さを知らないんだろう。いいよ、今夜は出直すとしよう。この想いは伝えられたんだから」
この想いとは何だ、運命が何とか言ってたことか、結婚しようとかいう世迷い言か? 気にはなったが、聞き返せば話が長くなりそうだから無視することにした。
去り際に俺の頬にキスをしたので、お返しに張り手を食らわせておいた。さっさと帰れ。
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