16人が本棚に入れています
本棚に追加
ヒロイン side
はじめまして! 私は那須 柚羽香と言います。
ちょっとした不注意で、事故で死んでしまって……。気がついたら、ファンタジーな世界に転生していました!
しかも、これって、『Chocolat Garden~初恋王子と秘密の花園~』の世界じゃない?
だって私の名前……。
ショコラ・オールディンだし。ヒロインだし!
『Chocolat Garden~初恋王子と秘密の花園~』は、私が近頃ハマっていた、いわゆる乙女ゲーム。
幼い頃に誘拐された、子爵家の令嬢である主人公(ヒロイン)は、領地の端の小さな村で暮らしていた。けれど、偶然に発見され、子爵令嬢として、貴族の子息令嬢が通う学園に行くことに。
けれども、庶民として育てられてきたヒロインに、貴族のことはさっぱり分からない。
すっかり困って泣いていたところを、この国の第二王子を初めとした、イケメンたちに助けてもらう。
最終的には、その中の誰かと結婚してハッピーエンド♪
……と、いうお話。
うーん、だけど、ヒロインに、記憶つきで転生してわかった。
ヒロインは、村に帰りたいんだよ。
貴族令嬢として着飾って暮らすより、育ててくれたお母さん(私をかわいさのあまり連れ去った、元侍女。2年前に亡くなった)のお墓を守りながら、村でコツコツと野菜を育てて暮らしたい。
キラキラしたイケメンより、村で一緒に育った幼馴染みと結婚したい。
第一、本当の両親だって、私に興味ないじゃん! だからお母さん、私を拐って逃げてくれたんだって、分かったよ。もう、廃嫡して帰してくれ!
そんなことを考えながら、蔭でこっそり泣いていたら、誰かがやって来た……。
あれ? コレもしかして、出会いイベントじゃない?
ヤバイヤバイヤバイ!
イケメンとの出会いなんか要らないよっ。私を村に返して!
と思って、振り向いたら、そこにいたのは、悪役令嬢、ヴィーヴィ・ヴィストラント。
うわぁ! 絶対嫌みとか言われる!
ゲーム中でスッゴい陰湿なイジメしてたもの。
怖いよぉ~!
……あれ? ヴィヴィさま、優しい。
扇を閉じて、心配そうな顔で、ハンカチを差し出してくれました。
驚いて固まっていると、そっと、そのハンカチで涙を拭ってくれます。
気の強いつり目のご令嬢、と思っていたけれど、今は眉がハの字で、瞳ウルウル。頬はうっすら赤らんで、すっごく愛らしい。
私の涙を拭い終わると、安心させるように、ニコッと微笑んでくれた。ヤバい。美少女の笑顔、パない。
次の瞬間。
私はヴィヴィさまに抱きついてました。公爵令嬢に、子爵令嬢ごときが抱きつくなんて、無礼どころの騒ぎじゃない。だけど、我慢できなかった。抱きついて、その大きな胸の中で大泣きした。
そういえば、お母さんも胸が大きかったな。前世では、悪役令嬢の胸の大きさにイラッとしたものだけど。今はすごい安心感に包まれる。
と、ふいに引き剥がされて、誰何された。
あ、王子さまだ。攻略対象者。ヴィヴィさまの婚約者。なんてお似合いの素敵なカップルなんだろう。
ぼーっと見ていたら、怒鳴られた。
ビクッとしたら、ヴィヴィさまが庇ってくれた。やっぱり優しい。
もしかして、ゲームでも、王子より先にヴィヴィさまに出会っていれば、ヴィヴィさまもあんなイジメはしなかったんじゃ?
こんなに可愛くて、優しいヴィヴィさまが、イジメとか、なんか似合わない。
とっさに、私はヴィヴィさまにお友だちになってほしいと言っていた。
貴族のことが分からない。教えてほしいと言って。
王子さまが渋い顔をして反対してるけど、優しいヴィヴィさまが、にっこり笑って了承してくれました。
ヤヴァイ、ヴィヴィさま。あきらかに女神です。尊い。
うむ。私はこれからヴィヴィ教に入信しよう。前世も現世も宗教には疎いけど、ヴィヴィさまについていけば間違いない!
私はがんばった。
貴族には、よく分からない決まりやしきたりがたくさんあったけど、ヴィヴィさまが丁寧に優しく教えてくれたので、私でもだんだん、なんとか見られるようになってきた。
貴族社会は怖いけど、ヴィヴィさまがそばにいてくれたから、なんとかなった。
回りには、ヴィヴィさまが連れてきてくれた、優しい貴族令嬢もいてくれて、イジメられることもなく、勉強もなんとかついていけた。
けれど……。
ダメだ。
やっぱり私、村に帰りたい。
貴族は前ほど怖くなくなったけど、やっぱり世界が違うな、と思う。
両親はあわよくば、高位貴族を捕まえてこい、なんていうけど、そんなのいやだ。
やっぱり私は……彼を忘れられない。
ヴィヴィさまに、相談することにした。
貴族になりたくないと。
村に好きな人を残しているということを。
両親とは仲良くなれそうにないし、貴族として結婚するのは、気が向かない。
村に帰って、ただの村人として生きたい。私は、貴族の血が入っているのかも知れないけれど、やっぱり庶民なのだと。
嫌われるかもしれない。
幻滅だってされるだろう。
そう思っていたけれど、やっぱりヴィヴィさまは魂から清い方だった。
扇もあてず、滂沱の涙を流して佇む、ヴィヴィさま。
やがて、その御手を差し出すと、私の背中を抱えて、辛かったね、と言ってくださった。
私はまた、その柔らかなお胸で大泣きした。
大丈夫。もう、大丈夫だ。
もしも、これで村に帰れても、
帰れなくても。
私には、ヴィヴィさまがついていてくださる。
ヴィヴィさまが導いてくださって、
ヴィヴィさまが味方でいてくださる。
ヴィヴィさまが存在さえしていてくださるなら。
私は、何だってできる。
「ヴィヴィさま。私にできることなら、私に手伝えることなら、なんでも言ってください。死力を尽くしますから」
そう、伝えると、ヴィヴィさまは目を真ん丸くして、それから慈しむように微笑んだ。
「大丈夫。私がきっと、ショコラを村に還してあげます」
そこから、
ヴィヴィさまが、何をしてくださったのか、私は知らない。
ただ、少し無茶もしたらしいことを、王子さまの苦言で知ったぐらい。
私にできることは、何かないかと何度か聞いたけど、充分してもらっているとか、自分自身のためでもあるから気にしなくていいとか、どうか貴女らしくそのままでいてとか、なんとも要領を得ない。
そしてそのまま、私は卒業と同時に貴族位を剥奪。村の周辺で過ごすようにと、お達しを得た。
私は、茫然とした。
なにもないまま、私は望みのものを得た。
しかも、ヴィヴィさまは、卒業と同時に結婚なさってからも、友達でいてほしい、などと言ってくださった。
ああ。
何て方なんだろう。
私は一生、彼女の信徒であろうと思いました。
村に帰って、幼馴染みと出会って。
「なんで戻ってきた」
と、言われました。
思いっきり、横っ面ぶん殴ってやりました。
「4年離れても、あんたのことが忘れられないからでしょーが! 責任とれ!!」
これが、プロポーズの言葉になりました。
今は家族5人、のんびり楽しく過ごしていますよ。
乙女ゲームのハッピーエンドなんか、ろくなものじゃないです。
最初のコメントを投稿しよう!