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悪役令嬢 side
はじめまして! 私は那須 柚羽香と言います。
ちょっとした不注意で、事故で死んでしまって……。気がついたら、ファンタジーな世界に転生していました!
しかも、これって、『Chocolat Garden~初恋王子と秘密の花園~』の世界じゃない?
だって私の名前……。ヴィーヴィ・ヴィストラントだし。紅い髪に、金のつり目だし、この美貌だし!
……悪役令嬢だし!
『Chocolat Garden~初恋王子と秘密の花園~』は、私が近頃ハマっていた、いわゆる乙女ゲーム。
生まれは子爵令嬢なのに、不遇なことで庶民として育てられたヒロインが、数々の困難を乗り越えて、素敵なイケメンと結ばれる、オーソドックスなお話。
そして、そんなお話に必須の存在、最大の悪役は、メイン攻略対象の第二王子の婚約者。公爵令嬢、ヴィーヴィ・ヴィストラント。
彼女は、庶民的な彼女に目をつけて、とことんイジメ抜くの!
その陰湿なことといったら……
……あーうん。
でも、思い出すと、ヒロインひどいな。貴族として、あるまじき行動のオンパレードだ、って、記憶つきで転生した今ならわかる。
これ、誰かが注意してあげるべきだよね? もしかして、誰も注意してあげなかった? だから、公爵令嬢のヴィヴィに、お鉢が回ってきた?
……ありうる。と、したら、イジメてたんじゃなくて、注意しようとしてて……注意の仕方や加減が分からなくって、あんなことになったのね……。不器用すぎる、ヴィヴィ……。
婚約者の第二王子との関係は、可もなく不可もなく、って感じかな?
でも、裏事情がキナ臭いなぁ。
公爵令嬢なんていう位の高い女性が、皇太子ではなく、サブの第二王子の婚約者でいいのかな?
一応、皇太子の婚約者は、隣国の姫だから、身分的に釣り合いはとれていなくもないけど……。
だとしても、侯爵以下伯爵以上の令嬢を候補に上げるのが通例。侯爵だって高いぐらいだ。
うちのパパが、娘の将来を考えて~ってこともあるけど、どうかなぁ……。
そんなことを、うんうん考えながら歩いていたら、人気のない場所に来てしまった。
ん? ここって……ヒロインと、王子の出会いイベントの現場じゃない!?
ちょっ! そんな気まずい!
ここでヒロインは慣れない貴族社会に付いていけなくて、こっそり泣いているの。そこに、王子が現れて慰めてくれる。それがきっかけで二人は近づいていくんだ……。
うん、高位貴族は、一夫多妻が原則だし、私と王子は、契約結婚。邪魔する理由はないし、するつもりはないけど……。
順序と根回しは必要なんだよね。わかってくれるかな、ヒロイン……心配だ……。
んー……。
でも、いないなぁ、ヒロイン。もう少し先の話なのかな?
踵を返そうとしたところで、すすり泣きが聞こえた。
イベントが起こるはずの場所とは、少しずれた場所に、柔らかい金の髪が見えた。
ふわふわの癖っ毛は、庶民らしく肩口で切り揃えられている。涙でいっぱいの瞳は強いピンク色。はっきり言おう。めっちゃカワイイ!
さすがヒロインだわー。こんなん負けるに決まってるよ。だって、ものすっごく魅力的だもん。
思わず、ハンカチを取り出して、人がいることに驚いたヒロインの涙を拭ってあげた。
……。
って、おい!
ヒロインと王子の出会いイベント潰しちゃったー!!
そりゃ王子も怒る……って、なんでいるの王子。しかも、ヒロインに怒って……おおぅ! ヒロイン何してるの!? 私の腕の中にヒロインが!! 嬉しい! って違う!!
あああ、王子黙って、状況見てよ。
ヒロインちゃんは泣いているの。混乱してたとこに、慰めてもらって、つい頼っちゃったんだってば。
そんなに怒鳴ったら、余計に萎縮して動けなくなるって。
っていうことを、令嬢の言葉で丁寧に伝えると、王子も落ち着いたみたい。
すると、ヒロインも落ち着いたのか、庶民風に謝ってきた。前世でいう、お辞儀だ。
その上で、自分はこの通り、貴族らしいことができない、もしよければ、友人になって貴族のことを教えてほしい、と言ってきました。
ふむ。これは、私としては好都合。
王子が隣でぎゃあぎゃあいい始めたのを黙らせて、是非に、と了承した。
うわぁ! ヒロインちゃんの笑顔、この上なく天使。
あり得ない。これをイジメるとか、あり得ない。
ヒロインちゃんをイジメるヤツは、私が許さないんですからね!
……あれぇ?
初めは、関わらないようにしようとか思ってたのに、おかしいなぁ。これが、ヒロインの魅了の力?
お友だちになってしばらくすると、ヒロイン、ショコラちゃんの所作はだいぶんマシになった。この子、頭は悪くないのよ。一度言えばすらすら覚えてくれるし。
誰も教えてあげないから、ああなっただけだったんだわ。
しかも、変に王子たちが庇ったから、ゲームではあんなことになったんだ……。
ああ、今ならわかる。ゲームのハッピーエンド後が、どれだけバッドエンドだったのか。
良かった、お友だちになれて良かったよ、ショコラちゃん。
と、仲良くなったお陰か、ショコラちゃんが、ぽつりぽつりと告白してくれた。
実は、貴族なんかになりたくないということを。
所作を習うのは、関係のない他の人に迷惑をかけたくないから。本当の両親とは、あまり仲がよくないこと。学園を出たら、できれば、もとの村に帰って、幼馴染みと結婚したいということを。
がーん。
そんな意味でもバッドエンドだったのか、ショコラちゃん……!
是非、助けたい。助けてあげたい!
でも、私に何ができるだろう。
自分にできることなら手伝うと言ってくれるショコラちゃんのヒロイン力に頼りたいのは山々なんだけれど、私が還す! と豪語したからには、私の力で何とかしたい。
どうすべきか悩んで、廊下をウロウロしていたら、どこかから、怒鳴り声が聞こえてきた。
何事かと、覗いてみると……。
……。
なにやってんの、王子。
そこにいたのは、我が婚約者の第二王子。と、私の愛しのヒロイン、ショコラちゃんだ。
実は出会ってから、しょっちゅう王子がショコラちゃんに突っかかってるんだけど、ちょっと痴話喧嘩にも見えなくもない。
ショコラちゃんのこの間の告白で、王子に脈は全くない、ということが発覚したんだけど……まだ諦めきれない、とかかしらね。全くもう。
諌めようと、近づこうとしたとき……。
「いい加減にしてください!」
ついに、ヒロインの雷が落ちた。
「私を気に入らないのはわかります。ヴィヴィさまを案じているのでしょう? 私が過分なご寵愛を得ているから、調子に乗っている、なんて」
あーあ、もう。
二人の表情はよく見えない。けれどきっと、王子は苦い顔をしているんだと思う。ほら、声にも滲んでいるもの。
「それがわかっているなら……」
「そんなものより、自分自身のことを考えたらいかがかしら!」
ん?
ショコラちゃんが王子の言葉を遮った、けれど……ん?
「貴方が、無理に頼み込んで婚約者にしてもらったとか、もっと構ってほしいとか」
んん? え、ちょっと。
「王宮で5歳で見かけたときに一目惚れしたとか、もっと構ってほしいとか! 私にじゃなくて、ヴィヴィさまご本人にお伝えしたらいかがですか!?」
えええ! ちょっと! なにそれ何なのその設定!! 聞いてないんですけど!?
私が、あの王子の婚約者なのは、王子が頼んだから?
5歳、って、王宮にはじめてのご挨拶に上がったときよね? 王子に会った覚えがないんだけど……いや、謁見室にいたかな? うーん?
でも、そこで一目惚れ、って、まさか、王子が私のこと、好……
「……なんでいるんだ」
思考を中断させたのは、当の王子。
覗いた先に、もうショコラちゃんは居なかった。
「あ、あの……ええと……」
顔が熱い。
王子の頬も、赤らんでいる。
さっきの怒りが残っているのか、それとも。
「……もし」
ほんの少し、目線をそらした王子が、言葉を紡ぐ。
「さっきなにかを聞いたなら、忘れろ」
「……え」
そしてそのまま立ち去ろうとした。
って。
「まっ……お待ちください」
「頼む、忘れてくれ」
腕を掴もうとしたが、振り切られる。
「いや、嫌です」
泣きそうになりながら、追い縋ろうとすると。
「……『正面から愛を囁ける男になれたら』なんて……先に聞かれてるなんて、カッコ悪い」
向こうを向いたまま、耳まで真っ赤になった王子が呟いた。
腰が抜けた私を振り返ることなく、王子は立ち去った。
えーっ! 何それ!
王子ってそんなに、可愛い人だったの!?
あの顔で、あの声で、普段のあの冷静な様子から考えられない!
嘘でしょ、やっばーい! 心臓撃ち抜かれた!!
……。
私は、一人で悩むのをやめた。
王子に相談して、どうすれば彼女にとって、そして、私たちにとっても良い結果になるだろうかと問うた。
それが正解だったらしい。
いろいろ勉強することも倍加したけれど、様々なツテと借りを頼りながら、私たちは目標を達成した。
つまり、ヒロインは平民落ち。
元々過ごしていた村に、親を持たない者として帰る。
但し、その身分は、私たちが保証する。
私たち。
つまり、次期大公となる第二王子と、その夫人となる私が、だ。
ヒロインのあの怒りのひと言のお陰で、私と彼の仲は良好だ。
元々、ゲーム中の推しは、彼だった。
青みがかった美しいサラサラの髪と、吸い込まれそうな碧の瞳を持つ彼に、最初に一目惚れしたのは私だった。
この乙女ゲームをやろうと思ったのは、彼にジャケ惚れしたからなんだもの。
婚約者として会ってからも、懸命に勉学に励み、兄を支えるのだと頑張る彼に惹かれていたのは、間違いないのだ。
諦めたのは、前世を思い出したから。
でも、彼に惹かれていてもいいのなら。
「私は、貴方を生涯愛し続けると誓います」
結婚式の時、全身全霊をかけて、この言葉を口にした。
これを素直にいうことができたのは、ヒロイン、ショコラちゃんのおかげ。
きっと彼女は自分が何をしたのか、わかってないんだろうなぁ。
これが私のハッピーエンド。
こんなに幸せで、いいのかしら。
乙女ゲームのハッピーエンドなんか、ろくなものじゃなかったわね。
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