tear

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 「ねえ、朝のあれ、どうしたの?」  場所は食堂。優さんと向かい合って座る。自然に尋ねようと思ったのに、自分の声が上ずって、余計にドキドキした。優さんは、んー、と間延びした声と共に首をかしげた。  「いや、ちょっと。次の部誌のお題で、恋愛ものってのをひいちゃって」 恋愛もの? 「文芸サークルの部誌ね。次で引退しようと思ってるんだけど。お題、あみだくじで決めるの。それが運悪く恋愛もので」 「え、サークルやめるの?」  びっくりして声が大きくなった。優さんはなんてことないかのように、そのつもり、と頷く。優さんは文芸サークル所属。理系のここにいるのに、そういう文系っぽいこともできる人。  前に部誌を見せてもらったことがある。優さんは嫌がっていたけれど、どれが優さんの作品か教えてもらわないという条件で読ませてくれた。結局、わたしが優さんの作品を一発で当てて、優さんが慌てふためいていたけれど。あんなに慌てた優さんはあれきっり。本当にびっくりしていて、「どうしてわかったの、え、どうして?」と繰り返していた。今思い出してもかわいい。  優さんの作品は、読めば「ああ優さんだろうな」とわかる。日本語の使い方がきれいで、言葉の選び方がきれいで、文章全体が美し流れていて、背すじがのびた優さんの雰囲気がある。表現はいくらでもあるはずなのに、選ばれた言葉は適切とか適格とかそんな言葉じゃ表せないくらいピッタリで、これしかないと、これがこの人の正解なのだと迫ってくる。似たような意味の言葉のほんのちょっとの違いを、この人は感じとって生きているのだろうと、そう思う。  「忙しくなるから。院試の勉強もあるし、ノルマ書くの、もう無理かと思って」 さっぱりと優さんはそう言う。 「もったいない」 「そんなことないよ」 「とってもきれいな文章書くのに」 「そうかな」 そうだよ。本なんてめったに読まないわたしでも、きれいだなって思う文章なんだから。姿勢がいい人の言葉だろうなとわかるから。  「それでね」 優さんが続ける。 「私、基本的に自分が経験したことしか書けないの。自分の体験とか、自分が経験した感情とか。恋愛はしたことないし、正直、恋愛感情もわからないし、恋も愛も、私は言葉にできなくて、困ったなと思って」 どうしたものか、と優さんは呟いた。  本当に真面目。お題を変えることを考えずに、どうにか書こうとするあたり。  お題変えられないの? と言いかけて、やめた。優さんが書く「恋愛もの」を読んでみたいと思ったから。  「恋愛を経験したら書けるの?」 言ってから、あっ嫌だ、と思ったのはなぜだろう。 「まあ、そういう理屈にはなるけど、でも、恋って、しようと思ってできるものではないよね」 私は知らないけれど、と付け加えられる。 「こればっかりは、現地行ってとか体験してとかできないじゃない。だから、恋愛わかりそうな人に訊くのが早いかと」 どうなんだろう、と漠然と思ったところで、あれ、と引っかかった。  「もしかして、わたしが恋愛わかると思ってる?」 「そうじゃないの?」 きょとりと優さんがわたしを見る。 「姫島、かわいいし好かれそうだし、少なくとも他人を好きになったことはありそうだから」  わたし今とんでもないこと言われてない? 「えっと、ばかにしてます?」 してないよ、全然! と焦る優さんを見て、本当に悪気なく言っているんだろうなと思った。 「いやその、こういうこと、普通面と向かって訊かないことだろうなとは思ってるよ。姫島につきあっている人がいるか、とか知らないし、いや、別れた経験あるとかだったら悪いことしてごめんなさい、なんだけど、でも、その、なんというか」  優さんが手をパタパタさせながら口ごもっていく。日頃あれだけ冷静で、凛としてしっかりしているのに、こういうところだよ、ほんと。優しいから、人を怒らせたんじゃないかと思ったときにものすごく慌てる。焦って言葉につまる。優さんにも、こういうところあるんだなと思うと、かわいくて。そういうところも、そう、私は。
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