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「だったらさ」
私は何を言おうとしているのだろう。
「つきあってみたら? 自分が経験したことがないから書けないんだよね?」
「いやいや、だから、それはどうなのって。そんな取材感覚で恋愛は無理じゃない? だいたい、失礼にあたらない?」
「大丈夫。だって、かわいいし、優しいし、話聞くの上手だし、真面目だし、変にたかったり甘えたりしないから、告白したら断られないと思う」
「好きでもないのに告白はなくない?」
あ。やっぱり優さん、好きな人いるのかな。まんざらでもなさそう。さっき恋愛感情わからないって言っていたけれど。
「つきあったらさ、恋心、わかるかもしれないよ」
形から入ったら? なんて言っているわたしは、今どんな顔をしているのだろう。
「いや、無理。やっぱり無理」
優さんが首をふる。それきり優さんは何も言わなかった。わたしはうかんでくる思いに蓋をする。けれどそれは、やっぱりわいてくる。
言ってもいいかな。ただの思いつきみたい言えば、軽く流してもらえるかな。
「だったらさ」
覚悟を決めて口を開いたら、ドクリと心臓が脈打った。優さんと目が合う。
「わたしとつきあわない?」
パチパチと優さんが瞬きをした。その表情がどんな感情を映しているのかわからなくて、微妙な間ができて、自分の言葉を思い出して、なんてことを言ったんだろうと怖くなってきたとき。
「いいの?」
と優さんが言った。
「恋愛に関して教えてくれるだけで十分だから、わざわざつきあってもらう必要はないけれど。いいの?」
優さんの気持ちはわからない。けれど、少なくとも嫌な顔はしていなくて、期待してもいいのかな、なんて心の隅で思った。違う、きっとそうじゃない、と冷静なわたしの声もしたけれど。
「あの、わたしから言っておいてなんだけど、意味、わかってる?」
かすれた声で訊いたら、今度は優さんが困った顔をした。
「ごめん、冗談だった? そりゃないか、つきあおうなんて」
「ちがっ、そういうことじゃなくて、嫌だなとか思わないの?」
恐る恐る顔色をうかがう。優さんは何かに納得したように、ああ、と呟いた。
「言ったよね、私恋愛感情がわからないって。そのままの意味だよ。彼氏がいたことはないし、彼女もいたことがない。彼氏が欲しいと思ったことがないし、彼女も欲しいと思ったことがない」
サッパリと告げるその声が澄んでいて、優さんならそうなのかな、と思った。
こうして、優さんが恋愛ものを書くために、わたしは優さんとつきあうことになった。
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