tear

9/11
前へ
/11ページ
次へ
 「私ね、こういう世の中になって、恋人とかつきあうとかってことの重さが増したと思うの」 「どういうこと」 「だって、気軽に会えないでしょ。会うことに覚悟がいるようになったでしょ。不要不急じゃないかって自問自答しなくちゃいけない。相手のことをどれだけ信頼しているかとか、どれだけ大切で会いたいかとか、本気で考えなくちゃいけない。実際に会う恋人って、きっと、とても重みがあるんだと思う」 たしかにそうだね、とわたしは頷いた。  「じゃあ、優さん。わたしと会ってくれる?」 口をついたのはそんな言葉だった。  優さんはちょっとびっくりしたような顔をして、 「香穂は、香穂が会いたいって思う人と会えばいいんだよ。私とは、私の原稿のためにつきあっているだけでしょう?」  返す言葉がなくなった。楽しそうにしていた優さんの心がわからなくて。  わたしの提案にのってくれた優さんは、けれど、わたしに恋心は抱かない。  それでもいいと思っていた。わたしにとって優さんは、やっぱり好きな人だから。愛してる、多分、そう。  ふと、虚数と答えたことを思い出した。  最後に優さんとおやすみを交わした。わたしはちゃんと、笑えていたかな。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加