1人が本棚に入れています
本棚に追加
2
寝る時の姿勢が悪いのか、それとも単純に寝すぎなのか、泥のように眠った日は大抵頭が痛くなる。
こめかみの内側を擦りむいたような頭痛は俺にとっての休みの合図。
こめかみを抑えながらスマホを見ると時刻はやっぱり夕方だった。
「はぁ」
小さなため息をついてから身体を起こして、枕元に転がっているお茶と一緒に頭痛薬を飲む。
冷たい水分が微睡んでいる体内を覚ますといつもの通り腹が鳴った。
六畳ワンルームの部屋を見渡す。ゲームと漫画と服とゴミで埋められた汚い部屋。
三十歳の男性が住むには手狭だが、家賃が五万五千円と言うことを考えれば溜飲が下がる。
一般水準を下回ったこの暮らしを恥ずかしいと思えなくなったのはいつからだろう?
ふと昨日仕事中に浮かんだ妄想が蘇る。一軒家に奥さん、子供、白い犬。
「くだらねぇ」
落ちていたチューハイの空き缶を足で避けてベッドの下に押し込む。ゴミ箱は数歩進んだところに置いてあるけど空き缶を拾う気にはならなかった。別に部屋が汚れていて困るわけでもないし。
金曜日と、本来休みの土曜日を犠牲にしてなんとか仕事は形になった。顧客の思いつきのような仕様変更が営業から告げられた時、今週の休みは諦めていたから日曜休めるだけでもラッキーだ。
「飯、めんどくせぇな」
部屋の片隅にはむき出しの段ボール、そこに山積みになっているカップ麺を一つ取ってお湯も注がずそのまま食べ始めた。
電気ケトルはあるし蛇口を捻れば水も出る。でも、水面台まで歩くのがめんどくさい。お湯を沸かすのがめんどくさい。箸を用意するのがめんどくさい。
乾燥麺を半分ほど平らげたぐらいで腹の虫は大人しくなった。
「暇だしいつものやつやるか」
カップ麺を床に置き、俺はチューハイのプルタブを引いた。
パソコンを開いてブックマークの一番上を表示する。
いつもの地図サイトが開かれた。
「今日は……金沢駅だな」
検索欄に文字を打ち込み一度クリック、画面一杯に広がる写真は懐かしい金沢駅の構内。下部の白矢印をクリックすると画面が移り変わり、まるで自分が今そこにいる気分になれる。
言うなれば、ストリートビュー機能を使った日本各地の一人旅。
趣味というほど大層なものではないけれど、休みの日は大概こんなオンライン旅行をして過ごしている。
マウスから乾いた音が絶え間なく響く。画面は駅を出てからもどんどん進み、大きな道路に出てきた。
「ここのテナントビルに入ってる回転寿司、うまかったよなー」
スルメをしがみながらかつて金沢旅行をした大学生活を思い起こす。あの頃はしょっちゅう一人旅に出かけていた。
学生の貧乏旅行なので移動手段は夜行バスか鈍足列車。素泊まりのボロっちいホテルに泊まる代わりに各地の名物を食い尽くした。
「あの頃は良かったなー」
金は今よりなかったけど、あの頃の方が裕福だったと思う。
今は休みがあっても起きるのは夕方ごろ。連休もないし体力もない。
実際に旅行したいという気持ちもなくはないが、それよりもめんどくさいと思ってしまう。疲れを翌日に持ち越すリスクを天秤にかけてしまう。
つまらない奴だと我ながら思うが、動くのは指先だけ。
マウスで操る俺の視界はこんなにも絶えず進むのに、現実の俺は一歩も動けない。
こうして貴重な休みは、あってもなくても一緒のような1日へとなって更けていった。
最初のコメントを投稿しよう!