1人が本棚に入れています
本棚に追加
3
〈ニバンセンドアガシマリマスゴチュウイクダサイ〉
〈ヨンバンセンヲトッキュウレッシャガツウカシマス〉
〈ハクセンノウチガワマデオサガリクダサイ〉
息つく間もなく前後左右から音が聞こえてやかましい。
朝のホームはこれだから嫌いだ。
〈マモナクサンバンセンニシンジュクイケブクロユキマイリマス〉
「……くんじゃねぇよ」
マスクの下に隠した言葉は向かってくる電車のブレーキ音にかき消された。
昨日はいつの間にか寝落ちしたので休みの大半を寝て過ごしたことになる。
沢山寝て身体は軽くなったのに気持ちは相変わらず重い。今日はやっぱり月曜日だ。
重い足取りで電車に乗り込むと後ろからきた乗客に押されて通路の真ん中に追いやられた。俺の体重を支えてくれる吊革は手の届く範囲にない。
土曜日に南と一緒に終わらせた仕事は、顧客からの急な仕様変更によるもの。あのシステムは既にテストも終えていてあとはリリースを待つだけだったのに。
顧客の無茶振りに対して、営業は助けてくれない。「クライアントが言ってるんだから仕方がないです」の一言で終わらせて、あとは間に合わなかったら作成側のせいにするだけ。
つまり、自分のことは自分で何とかするしかない。
〈サンバンセンドアシマリマス〉
電車が動き出す。
電車が揺れ、乗客全員が右に傾く。吊革を掴んでない俺は転ばないよう渾身の力で踏ん張った。
「聞いてねぇっすよ!」
北島の怒号がオフィスに響く。目の前の営業は特に悪びれた様子もなく淡々と説明する。
「そりゃ私も今日言われましたから」
「ていうか先週もですけど何で今更そんなこと言ってくんすか!?」
「そんなの私も知りませんよ。仕方ないじゃないですか、クライアントの言うことですから」
「だからって、このタイミングでまた仕様変更なんてありえねぇって!」
営業から、再度仕様変更の依頼が入った。事前の打ち合わせでは一言も出ていない機能がまた必要になったらしい。
土曜日に作ったデータに修正が入る可能性は考えていたがこれは正直想定外だった。
「というか北島さん、貴方には聞いてないです。責任者の南さんに伺ってるんです。南さん、これやってくれますよね?」
営業は睨みつける北島を軽くあしらい俺の横に勝手に座った。
「この案件、うちの規模で考えるとかなりデカめのやつですよ。多少融通聞かせてほしいってのが営業側の意見なんですけど」
「物理的に無理なんすよ!」
「北島、いいから。……やるしかねぇならやるはやるってのがこっち側の意見だ。ちなみに期日は?」
「特段変更の連絡は受けてません」
口から飛び出しそうになった舌打ちを抑えるのに必死だった。
仕様を変えろ、機能を増やせ、だけど締め切りは伸ばせないってことだ。
「わかった、とりあえず今日中に何とかする」
「ありがとうございます。お忙しいところすみません」
口を開くと建前に隠した本音が出てしまいそうだったから、頭を下げる営業に何も言ってやれなかった。
最初のコメントを投稿しよう!