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コンビニで買ったチューハイを一口煽る。口の中に広がる爽快なレモン味が今日の出来事さえ流し込んでくれそうで、俺は続けて二口目も煽った。
アテで買ったスナック菓子を次々に開けて口に放り込んだあと、パウダーのついた手でパソコンを起動させた。
時刻は深夜の一時過ぎ、明日の出勤時間は変わらない。
今日のオンライン旅行は、行き先を自分で考えるのすら面倒くさかった。だけれども、何かをしないと眠れない夜でもあった。
だから俺は日本地図の真ん中らへんをテキトーにクリックした。
マウスの音が響いたあと、パソコンの画面がぐんとズームする。
地図上では長野県松本市が指されていた。
「おお」
画面一杯に絶景が広がっていた。
画面下部にある透き通るような川の水は、画面上部に映える温かいオレンジ色の紅葉を映している。
川にかかる橋の上では大勢の人が同じ方向を見ていて、その先には、艶やかな紅葉と絵の具で塗ったようにはっきりとした空の青色。
心が洗われるような綺麗な風景だった。
俺はこの場所が気に入り、クリックを響かせて周辺を見て回った。
小綺麗なコテージ、老舗のお土産屋、味のある二人がけベンチ、ロープウェイの看板……不思議とどれも見覚えがあるものだった。
初めは何かの画像で見た景色だと思っていたけど、画像がお土産屋の入り口に着いた時にその謎が解けた。
「これ、母さんと……俺だよな」
お土産屋の入り口には何枚か写真が飾ってあった。観光に来たお客さんの写真を撮っているんだろう、登山姿の人がほとんどだ。
その中の一枚に、幼い俺と母さんの写真があった。
ソフトクリームを買ってもらってはしゃいでいる俺を母さんが微笑みながら見守っている写真。
そうだ、確かこのくらいの年の時に長野旅行に行ったことがあった。
「それにしてもはしゃぎすぎだろ」
思わず笑ってしまうほど昔の俺は喜んでいて、手にクリームがベタベタついている。
もしかしたら俺は今、当時の母さんと同じような顔をしているのかもしれない。
たかが数百円のソフトクリームひとつでこんなにもおおはじゃぎして、純粋に今を楽しんでいる様子はとても羨ましい。この頃の俺は、今みたいに明日の自分のために今日苦しんだり、本音を建前の影にしまって理不尽な要求を飲み込んだりはしなかった。
高いところに登りたいからロープウェイに乗って、綺麗な景色だから何時間でもそこにいて、美味しそうに見えたからソフトクリームを買ってもらって。
今、今、今を生きている命だった。
そんな過去の自分が羨ましくて……そして見ていてとても辛い気分になった。
俺はパソコンを閉じて電気を消した。
早く寝よう、明日も仕事だ。
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