5万年ごとのオンライン会議

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 出向先の会社のリモート会議に出席するよう、上司からメールが来た。正直「何で俺?」って感じだったので、一旦確認することにした。だって、俺の仕事は本社に委託された、商品の配送関連の人材(5~6人程度)管理で、地味に在宅ワークで十分なものだった。 「ねえ、この会議ってホントに俺なんですか? 何かの間違いじゃないですか?」  俺は会議名の「販路拡大における航路の課題」という、壮大なんだかぼんやりしてるんだかわからない議題を睨みながら、上司に電話でぼやいてみた。 「お前で間違いないぞ。『航路』だとよ。もしかしたら配送関連に会社が参入しようとしてるんじゃないか? 大抜擢だぞ。俺は誇らしい!」 「はあ? ここ、日用雑貨の配送ですけど。しかも、パートのおばちゃんが仕切ってて、俺は決まってること打ち込みしてるだけですけど」 「何謙遜してるんだよ。お前の光るセンスをどこかで誰かが見出したんだ。とにかく、後で招待ID送るそうだから、ちゃんとしとけよ。セクシーな彼女とか写り込まないよう気をつけろよ」  上司はご機嫌で電話を切った。俺は1ルームの風呂無し部屋を見回してため息をついた。 「彼女なんていねーし……」  まあ、とにかく今日の業務はとっとと片付けとこうと。俺は目の前の仕事に意識を向けた。  昼休憩は、必ず外に出て歩くことにしている。そうでもしないと、どうにも心身のバランスが不調になりやすい。  俺はしっかりマスクをつけて、いつものコンビニでサンドイッチを買った。帰宅時の手洗いとアルコール消毒はもはや習慣化している。 「なんて時代だよ……。いや、今を耐え抜けばきっといい時代が来る」  一人で嘆いて、一人で励ます独り言を呟きながら、昼食を済ませて、再びPCの前に座った。 「あ、ID来てる。Zoomだな。え? 3時から? すぐじゃん」  ホスト名には心当たりが無かった。しかも……。 「え? これって外人? はあ? 顔出しNG認めますって、これホントにうちの会社の会議か?」  本当に俺なんかが参加するような会議とは思えない。しかし、俺ごときが顔出しNGに乗っかるわけにはいかないはずなので、髯を剃り、ちゃんとスーツに着替えてネクタイを締めた。一応、自社の配送関連の資料を手元に置いて、もし意見を振られたら「人材確保が課題となります」だの、「市場拡大に向けて努力致します」だの、適当に迎合していくつもりだった。  さて、リモート会議が始まった。俺はさっそく面食らうことになった。 「うそだろ……」  思わず呟いた俺の画面に皆が視線を向けるのを感じた。いや、感じたというか、誰の視線も見えない。それどころか、誰も顔が見えないのだ。何故か、妙なイラストやアバター的な変キャラ画像、背景のみの画像だらけだった。  しかも、参加者の名前が……日本語じゃない。  背景画像(何故か星空)のみのホストが何やら外国語で喋りだした。俺はもちろん英語なんて喋れないし聞くのも無理。すぐにやばいとこに入ったと後悔した。すると、やがて同時通訳らしい機械的な日本語が聞こえてきて、ほっとした。 「ミナサン、コンニチワ。ソレデハコンネンドノ、第三惑星カイギヲハジメマス」  え? 第三惑星? 会議室間違えたかな? 「デハ、スズキさん。ゲンザイノ食料ヲ発表シテクダサイ」  スズキって言った? あ、俺?  参加者で日本語名は俺だけだ。 「しょ、食料ですか?」  星空のホストに思わず質問を返してしまった。 「ハイ。食料デス」  やはり、意味不明だ。しかし、これ以上聞き返すと無能丸出しだ。俺はままよと発表した。 「サンドイッチとカフェラテです」 『ホオ~』『(ノ・ω・)ノオオオォォォ-~』『ウオ~~』  参加者の唸るような声が響き渡り、俺のPCに次々と変キャラの画像が映し出されていった。俺は映画のスターウォーズのキャラクターを連想させる、非現実的な生物の画像に圧倒された。  何だこの会議。オタクのオフ会か何かか? 俺はどうやら上司にひっかけられたらしい。 「サンドイッチとカフェラテの構成成分ヲ発表シテクダサイ」  星空のホストにまた指名された。もう、俺は上司の悪ふざけに付き合うのも仕事の内と割り切ることにした。 「食パンとレタスとハムとチーズ。コーヒー豆と水分とミルクで~す」  俺の答えに、今度は参加者は静寂に包まれた。全員が息をひそめているような様子だ。 「スズキさん。質問イイデスか?」  羽根の生えたネズミのようなキャラが質問してきた。俺は礼儀正しく「はい、どうぞ」と答えた。 「ハムにした生物ハ、スズキさんが捕獲シタノデスカ?」  何言ってんのこの人。俺はもう「退室」をクリックしようとしたが、あれ? 退室のアイコンが無い。 「ハムは工場で作られてるんです。俺はそれをお店で買ったんです」 「工場ハ狩りヲシテルンデスカ?」  鳥ネズミがしつこく聞いてくる。 「狩りなんてしません。家畜から作るんです!」 『ホオ~』『(ノ・ω・)ノオオオォォォ-~』『ウオ~~』  再び参加者のうめき声が上がる。宇宙人もどきのキャラたちがどよめいていた。 「カチクとは、最新情報デス。前回ノ発表デハ、主に草食動物ヲ狩っテました」  俺は、同時通訳機能が誤変換してるようだと感じ始めた。 「スズキさん。質問イイデスか?」  次は鎧をまとったカエルのような生物だ。俺はやはり礼儀正しく「はい、どうぞ」と答えるしかなかった。 「家畜ニツイテ、スズキさんの概念ヲ拝見シマシタが、ワタシには理解不能デス」 「何か疑問でも?」 「育テタ生物ヲ殺スノデスカ?」  何という陰気な質問だろうか。 「そうなりますね」 「ソノ生物は、戦ワズシテ食料ニナルノカ? ソレヲ認めてルンデスカ?」 「さあ、認めるしかないんじゃないですか?」  俺は、今度こそPCの電源を落としてやろうとスイッチに指を伸ばした。すると、星空のホストが言った。 「デハ最後に、スズキさんハドノ生物の食料ニナルノカ発表シテクダサイ」 「は?」 「スズキさんヲ食べる生物を発表シテクダサイ」  俺は思わず答えに詰まった。しかも、参加者全員が舌なめずりをして俺を取り囲んでいる感覚に襲われた。 「発表シテクダサイ」  星空の無機質な翻訳音声が繰り返される。  俺はごくりと喉を鳴らして、ネクタイを締めなおした。そして、答えた。 「私を食べる生物は……私を最高に育てた生物です」 『ホオ~』『(ノ・ω・)ノオオオォォォ-~』『ウオ~~』  またしても、おなじみのうめき声が上がる中、星空のホストが言った。 「デハ、コンネンドノ第三惑星カイギハオワリマス。次回は五万年後ノ予定デス。皆さん御機嫌よう」  PCから、全員の姿が消えた。やっと消えた。俺は、しばらく考えて、やっと気づいた。 「販路拡大って、あいつらここを狙ってやがるのか?」  俺は震えあがったが、とりあえず5万年は猶予があるらしいので、何とか家畜の立場からの脱却をせねばと考えた。 「人材確保が課題だな」 ―終わり―
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