363人が本棚に入れています
本棚に追加
/114ページ
クラス担任1
夕陽の差すオレンジ色の廊下を桐栄は重い足取りでフラフラと歩いた。開いたガラス窓から緑香るそよ風が、その頬を軽く撫でる。
ふと足を止め、グラウンドを覗くと部活に勤しむ子供達の声が聞こえる。
「え、僕がクラス担任……ですか?」
「君のような真面目な先生に1クラスお任せしたいと思ってね」
「は……はあ」
「柏木くん、やって……くれるね?」
校長室で落ち着かなさそうに下を向くこの眼鏡の青年、柏木桐栄(かしわぎとうえい)は私立H小学校の数学教師をしていた。
教師になって早3年ーーー
【まさか僕にクラス担任の話が来るなんて……。出来る事ならやりたくないなぁ】
桐栄がチラッと上目遣いで校長を見るとその目は断る事を許さない……そんな感じだった。
「喜んで……やらせて頂きます」
「いやぁ良かった。君なら引き受けてくれると思っていたよ。よろしく頼む」
「はい。精一杯頑張り……ます」
校長の手が桐栄の華奢な肩を強く叩き、思わずゲホゲホと噎せ返る。
ずれた今時ダサい黒縁の眼鏡を直しながら、クラス担任についての心得を一通り聞かされた後、桐栄は校長からやっと解放された。
【クラス担任だなんて。気が重いなぁ】
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
『喜んで……やらせて頂きます』
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
【僕もよくあんな事言うよ】
そんな時「よおっ」と何者かに背中を強く叩かれた。
「つっ、いってぇ。智治、お前手加減しろよなぁ」
「わりぃわりぃ」
そう言って笑うこの男は上田智治(うえだともはる)。桐栄の同期で体育教師だった。
運動大好き筋肉馬鹿でバレー部の顧問をしている。この学校の中では桐栄が心を許して話せるのはこの智治だけだった。
「ところで桐栄、どうしたよ。浮かない顔して」
「……分かる?」
「分かる分かる。"負"の空気背負ってるぜ?」
「僕……春からクラス担任をする事になったんだよ」
そう言う桐栄を智治はキョトンとした顔で見つめた。
「マジ?すげぇじゃん」
「凄くないよ。僕、自信ない……。ほら、今時[ 学級崩壊]とか聞くだろ?」
「[ 学級崩壊]……ねぇ。で、何年担当かももう決まってるのか?」
「3年」
「……3年かぁ」
智治は"3年"と聞いて、うーんと顎を手で触りながら一瞬複雑な表情をした。
「何?」
「いや、東原のクラスじゃなきゃいいなぁっと思ってさ?」
「ひがし……はら?」
「あぁ、[ 東原圭吾(ひがしはら けいご)]」。小学校2年にして結構なかなかの"問題児"らしいぜ?」
「東原圭吾くん……かぁ」
桐栄はそう言うと、グラウンドから自分を見つけて手を振る生徒に微笑んで軽く手を挙げた。
その時の桐栄はまさかその東原圭吾の担任に自分が就任する……なんて事は考えてもいなかった。
そしてその事がきっかけで桐栄の人生が思わぬ方向へ転がり始める事にもまだ気づいてはいなかった。
最初のコメントを投稿しよう!