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あの人を助けて
ウィーンと開くドアから出て来た先生に相良が駆け寄る。
「先生‥‥」
「弾が左の上胸を貫通していました。心臓をうまく避け、出血のわりに内蔵への損傷も少なく左肺の切除のみで済みました。感染症などの合併症さえ無ければ回復するでしょう。後は彼の頑張り次第です。暫くは感染防止の為にICUに入って頂きますが‥‥」
「左肺の……切除。‥‥先生、ありがとうございました」
相良は深々と頭を下げるとほぅっと息を吐く。そして桐栄を見ると両手を組み、祈るように伊織の手術室を見る。
【そうだ、まだ安心は出来ない。伊織さんが無事で無ければ。梶の犠牲は報われない】
相良は桐栄の隣に座り、再び静かに時間が過ぎるのを待った。ふと手術室から看護師が出てくる。
「まだ掛かりそうですか?社長の様態は……どうなんですか?」
相良は看護師ににじり寄る。
「今、銃弾の摘出手術をしていますが……出血が酷くてこのままだと輸血バックのストックが……。この中に身内の方やO型の血液の方は居ませんか?」
「僕‥‥、僕、O型です」
相良と看護師が振り返ると桐栄が立ち上がった。
「僕の血を‥‥使って下さい。どれだけ抜いてもらっても構いません。どうか僕の血をあの人に……」
「どれだけって……。そう訳には行きませんが、ではこちらへ。随分顔色が悪いようですが大丈夫かなぁ。血液検査をして輸血できる状態か確認しましょう」
そう言うと看護師は桐栄を連れて行った。
【桐栄さん……】
その時相良の目の前に2人の男が立ち塞がり「東雲相良‥‥だな?」と言うと内ポケットから警察手帳を取り出した。
桐栄の血液検査が済むとベッドに寝かされる。その腕には太い針が刺さっておりその先の管を桐栄の温かい血液が流れていく。
【どうか……あの人を助けて下さい】
____________
桐栄はふと目を覚ました。
「桐栄さん‥‥」
相良が桐栄の顔を覗きこんだ。
【しまった】
「相良さんっ。い、伊織さんは?あ……」
ガバッと急に起きあがり目眩を起こし天井がグルグル回った。
「安静にして下さい。貧血気味なんですから」
桐栄が自分の腕を見ると点滴をしていた。
「伊織さんは‥‥?」
「大丈夫ですよ?手術は無事に成功しました。安心して下さい」
「……そうなんだ」
伊織の無事を聞いて桐栄はほっとした。
「さぁもう少しゆっくり眠って下さい」
「はい……」
桐栄は安心したように目を閉じる。
「桐栄さん、暫く会えませんがどうか貴方は変わらない生活を送って下さい。なに、またすぐに会えます」
そんな言葉を朦朧とする意識の中で聞いた気がした。
相良は桐栄の病室を出ると「お待たせしました。行きましょう」と言って関係者の1人として警察の事情聴取に向かう。
その後伊織も梶もICUから個室へ移動したが、ヤクザというのもありヤクザ同士の抗争かと厳しい事情聴取で警察の監視下に置かれ、特に伊織は若頭と言う事で拘束され会うことが出来なかった。
桐栄はその場に居なかったものとして3人がそれぞれ口を噤んだ結果そのまま何事もなく休職扱いから教師として学校に復帰していた。
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