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許さないで
その間、伊織が以前記憶を無くした自分にしてくれていたように桐栄は伊織と梶に花を贈り続ける。今桐栄に出来る事と言えばそんな事くらいしか無かった。
そしてある日の夕刻、いつものように藤が桐栄と圭吾を出迎えてくれた。
「ただいま帰りました」
「たっだいまぁ」
「お帰りなさいませ。寒かったでしょう?今晩は冷え込みそうですよ?」
「雪、降るかなぁ?」
「降るかもね?」
そんな話をしていたら「桐栄さん」と呼び止められた。
「相良‥‥さん?お帰りなさい。今日は随分お帰りが早いですね?」
「お部屋でお待ちですよ?貴方の"待ち人"が」
「え‥‥?」
桐栄はその場に持っていた鞄を落とす。そして弾かれたように走って中庭を通り離れの部屋へ向かった。
「待って、先生。僕も行くっ」
圭吾がその後を追いかけてきた。
ハァハァと口から出る白い息。ゴクンと唾を飲み込んで「失礼‥‥します」と襖に声を掛けてみた。
「入れ」
そう聞き慣れた声が返ってくる。桐栄はそっと襖を開けた。書斎を通り抜け寝室へ向かう。
「父さんっ」
圭吾が布団から起き上がっている伊織に抱きついた。
「心配‥‥したんだからね?父さんまで母さんみたいに居なくなったらって‥‥凄く心配したんだからね?」
そう言って圭吾は泣きじゃくる。
「悪い‥‥。心配かけた‥‥な」
伊織はしがみつく圭吾の髪をクシャッと大きな手で撫でた。そして桐栄に目を向ける。
「お前にも‥‥心配をかけたな?」
桐栄は泣きそうな顔で頭を左右に降る。伊織の元気な姿を見て言いたかった言葉がついて出てこない。
暫くすると圭吾は泣きじゃくりながら安心したのか伊織の膝の上に突っ伏したままウトウトし始めた。
「やれやれ」
「僕の部屋で寝かせてきます」
桐栄は圭吾を抱えると自室の布団へ寝かせた。そして浴衣に着替え伊織の部屋へ戻った。
「寝たか?」
「はい。よく眠っています。圭吾くん、貴方の居ない間あまり眠れなかったようで僕の部屋によく来ていましたから」
「……そうか」
桐栄はグッと膝の上に置いた拳を握る。
「僕……貴方に謝らなければならない事が……」
「‥‥なんだ?」
「僕……佐々木の組長さんに監禁されている間に記憶を……」
「思い出したのか?」
「……はい。貴方のその足……僕のせいで‥‥」
桐栄はその場に両手をついて畳に頭を擦り付け土下座した。
「すみません。記憶を失っていたとはいえ、よくして頂いた貴方に本当に酷い事を。謝っても謝りきれないけど……僕には謝ることしか‥‥」
「そんな事はもういい。桐栄、頭をあげなさい」
伊織の言葉に桐栄はゆっくり頭を上げる。
「済んだ事だ。それにこれはお前のせいではない。たまたま運が悪かった……それだけだ。お前が気に病む事は無い。こっちへ来なさい」
パーティ会場で掴みそこなった手をもう1度桐栄に差し伸べた。桐栄は傍に近づく……が再びその手を掴む事が出来なかった。
「どうか僕を……許さないで下さい」
「許すも何も……お前を恨んだ事など1度もない。恨むどころか……お前の血液で俺は救われたんだぞ?」
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