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自由の身
「桐栄‥‥見ろ。雪だ」
車椅子に乗る伊織が離れの廊下に出た。桐栄は乱れた浴衣を整えて伊織の傍にやってくる。
庭を見るとちらほらと白い粉雪が舞っている。
「寒い筈だ‥‥」
伊織は空を見上げて白い息を吐いた。
「今夜は冷えるそうですよ?さ、上着を着て下さい。風邪をひいてしまいます」
桐栄は伊織の肩に上着をそっと掛けた。
「桐栄。お前に‥‥これを」
そう言うと伊織は桐栄に折りたたんだ紙切れを手渡した。
「‥‥これは?」
「見れば分かる」
桐栄はその3つ折りの紙を開いてみた。
「……借用……書?」
桐栄は伊織を見た。
「それはお前が親父さんの借金を背負った時に、俺に対してお前がサインした6000万円の借用書だ」
「どうして?……これを僕に?」
「お前からはもう返してもらった」
【‥‥え?】
「もう1度人を愛する気持ちを思い出させてくれた。そして……この命を救ってもらった。もうそれで充分だ」
伊織は再び桐栄からその借用書を取り上げると目の前でビリビリと破る。ハラハラとまるで雪のように地面に落ちる紙吹雪。
「これでお前は"自由の身"だ。桐栄……」
「伊織さん」
「もうお前を縛るものは何もない。何処へ行ってもいいんだ‥‥ぞ?」
伊織はフッと笑った。
「お前と出会えて‥‥よかった」
桐栄は伊織が目の前から居なくなってしまうようなそんな気がして思わず伊織の手を握りしめた。
「どういう意味ですか?僕を手離すと?今更手離すというのですか?」
【愛情という砂漠の中でカラカラに乾ききって貴方を求めもがき苦しみ、やっとの思いで掴んだその手を‥‥その温かい手をまた離すと?僕を空虚なその場所へ‥‥再び置き去りにするというのですか?】
桐栄は伊織の大きな手をギュッと握りしめ腰にしがみつく。
「……嫌です。置いて行かないで下さい。もう僕から……逃げないで」
「桐‥‥栄」
「一生僕を貴方のお傍に置いて下さい」
「……」
「貴方が嫌だと言っても……僕はもうこの手を離しません」
伊織は桐栄を抱き寄せそして耳元で囁いた。
「いいの‥‥か?これが俺から逃げる最後のチャンスなんだぞ?これを逃せば俺はもう……この手を離さない。……離せない」
「離さないで。もう離さないで下さい‥‥伊織さん」
2人は互いに吸い寄せられるように口付ける。
「桐栄……お前を愛している。もう2度と離しはしない」
2人はチラつく雪の中で熱い抱擁をかわした。
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