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一人を除いて全員敗者――プロ格闘ゲームの世界はかくも厳しい。「eスポーツ」という言葉が浸透する何年も前から身を置く中木充は、その過酷さが身にしみていた。
格闘ゲームの金字塔・スラムランブラーシリーズ、通称「スララン」。小学二年生でアーケード版に出会って以来、充のプレイ歴は二十年を数えた。
十代後半から国内の大会で頭角を現し、成人して間もなくスポンサーから声が掛かった。外資系の栄養ドリンクメーカーで、海岸遠征費用を負担してくれた。三年の契約期間、充は二十以上の海外大会で実績を残した。活躍が国内トップのプロゲーミングチーム・イグナイターの目にとまり、所属したのが五年前だ。
転機が訪れたのは昨年の春だった。現行の最新版、スラムランブラーⅥこと「スラⅥ」がリリースされて、それまで充が使ってきたキャラクターが弱体化されたのだ。
スラランには四十以上のキャラが登場する。だが大会でプロが使うのは、相対的に強いキャラに限られる。マンネリ化を防ぐため、大会で特定のキャラが勝ち続けると、弱体化調整が入るのが常だった。
やむを得ず使うキャラを変えた充は、しばらく成績がふるわなかった。大会で再びトップ8に食い込めるようになったのは、冬に入ってからだった。
「そしたらコレだもんな……マジ終わってる」
自宅から弁当屋への道すがら、充はため息まじりに独りごちた。
昨年末より新型ウイルス感染症が世界的に拡大し、三月初旬、日本政府も緊急事態宣言を発出。国民に外出自粛を強く呼びかけた。昼下がりの住宅街は静まり返り、ときどきテレビの音や子どもの声が漏れ聞こえるのみだった。
柔らかな春風が充の頬を撫でた。本来なら今週末、国内最高峰のスララン大会・REVOジャパンが開催されるはずだった。
ジャパンの上位入賞者は、夏にロサンゼルスで行われる世界本戦に招待される。充は五年前に一度だけ選出されたが、緊張のあまり実力を発揮できず、初戦敗退で涙をのんだ。ナーフの憂き目に遭い、キャラ変えを経て「今年こそは」とコンディションを整えてきたが、昨日、ジャパン・本戦とも中止が決定した。ある程度覚悟はしていたが、やはり中止確定のアナウンスにはがっくりきた。
一方、毎年ゴールデンウイークに行われる国内大会・スラムランブラーカップ、通称「SRC」は、リモート対戦による開催が早々に決まっていた。このオンライン大会も、充の悩みの種だった。
普段の大会は、スポンサーである電子機器メーカー製のゲーム筐体で行われていた。今回のオンライン大会にはPC版が用いられるため、コントローラーの処理速度がゲーム機版と若干異なる。プロの世界では、その微妙な違いが致命的なインパクトをもたらすのだ。REVO向けにゲーム機で研鑽を積んでいた充は、急きょPC版の特訓を始めた。
悶々として歩くうち、「大森亭」にたどりついた。住宅街にひょっこり現れる、小ぢんまりとした弁当屋だ。
充が大森亭の存在を知ったのは最近だった。
実家で暮らす充は、食事の支度を母に頼っていた。だが看護師の母は先週から勤め先が用意したホテルに泊まり込んでおり、カレーひとつ満足につくれない充を案じていた。不器用さは早世した父親似らしく、母はよく「変なところばっかり似て」とこぼした。母が不在のあいだ、充は食事を近所のコンビニで調達するつもりだった。母に告げると、「毎日じゃ偏るでしょ」と難色を示した。
「大森さんのお弁当なら、栄養満点だから」
母から渡されたメモには、徒歩十分以上かかる所在地が記されていた。本音では面倒だったが、プロゲーマーという不安定な身分で好き勝手やらせて貰っている手前、仕事以外では母の意に沿うよう努めていた。
初日はあまり期待せず、ふと目についたのり弁を買って帰った。店の古ぼけた佇まいとは裏腹に、小じゃれた紙製の弁当箱だった。ふたを開けるなり、充は目をみはった。
白米にのりが敷き詰められて、磯部揚げが二本載っている。コンビニ弁当ならあとは申し訳程度のポテトサラダで終わりだが、この弁当にはごぼうと人参のきんぴら、なすの煮びたし、ほうれんそうの胡麻和えと、野菜がふんだんに盛り付けてあった。採算が取れないのではと、客ながら心配になったほどだ。
今日も大森亭はテイクアウト窓口のみ開いており、イートインスペースのドアは施錠されていた。充が近づくと、カウンターから店主が丸顔をのぞかせた。
「いらっしゃい! のり弁かい?」
店主が人好きのする笑みを浮かべて聞いた。充は「はい」とうなずき、ポケットから360円を取り出した。
家に帰って弁当をかき込みつつ、充はプレイ配信の準備を始めた。イグナイターはゲーム実況配信アプリと提携しており、所属選手にこまめな配信を推奨していた。
新型ウイルスが跋扈する以前は、プロ向けの対戦会が連日開催されており、充も足繁く通っていた。緊急事態宣言を受けて中止され、再開のめどが立たないなかで、多くのプロが練習の場をオンラインに移した。練習を兼ねて配信ができるという利点もあった。
配信に対し、充は未だ苦手意識が拭えなかった。チャット欄に書き込まれるコメントとのやりとりが億劫なのだ。単なる文字の羅列からは、リスナーの体温を感じ取れなかった。
黙々とオンライン対戦に打ち込む充の配信は、昔ながらのファンには受けたが、新規を含むライト層には全く響かなかった。外出自粛で配信アプリユーザーの裾野が広がるなか、若手は女子高生や女子大生、主婦など、新たなファン層の開拓に成功していた。
充も二十代前半の頃は、母親譲りのうりざね顔が女性ファンを掴み、大会では黄色い声援が飛び交った。口下手さも、「物静かでステキ」と勝手に解釈された。だが今時の若手は話術に長け、ルックスもスマートだ。移り気な女性ファンは若手に流れ、充には自分と同世代以上のコアな男性ファンが残った。充はそれで満足だったが、チームから「もっと若いファンを増やせ」と尻を叩かれては、ぐうの音も出なかった。
配信準備が整い、充はスラⅣを立ち上げた。同時にSNSへ「サロン配信中」と投稿する。
『スラⅣサロン募集、エクストのみ。三先でお願いします』
スラⅣのオンライン対戦は二種類あった。一つはランキングマッチで、実力が同レベルのプレイヤーとランダムにマッチングする。勝てば勝つほどランクが上がり、頂点の「エクストリームマスター」ランク、通称「エクスト」は上位〇.〇一%のトッププレイヤーにのみ与えられる称号だった。
もう一つはサロン対戦モードだ。「サロン」と呼ばれるプライベートな対戦部屋を立ち上げて、部屋の主が許可したプレイヤーだけが参加できる。充はもっぱらエクストのプレイヤーをつのり、練習兼配信にいそしんだ。
充のサロンには常連が何人かいた。なかでも突出した実力を誇るのが、プレイヤーID「Noriben‐360Yen」だ。トリッキーな女性キャラを複数、いずれも高い精度で操る手練れだった。三年ほど前から充のサロンに現れ始め、配信リスナーの間では「のり弁さん」や「のり兄」などと呼ばれていた。大森亭を初めて訪れた際、充がのり弁を手に取ったのは、Noribenを連想したからだ。360円という値段までぴったりで、目にしたときは思わず噴き出した。
Noribenがチャット欄に現れることは滅多になかったが、対戦を通じて人となりは掴んでいた。真面目な研究家で、相手の隙を突く観察眼が鋭い。対人のスタンスは基本的に受け身だ。努力肌かつ、繊細なセンスの持ち主で、針の穴を通す難しい連携技を見事に決める――。
最初は性別が判然としなかったが、対戦するようになり約半年目、初めてチャット欄に登場したNoribenは「僕」と名乗った。性別に照らしてマイナーな一人称を使うタイプではないとわかっていたので、男だろうと踏んでいた。
サロンを開けてほどなく、Noribenが現れた。日によって使用キャラが異なり、今日はスピードが持ち味のくノ一・紅羽だった。間合いに入った瞬間、鋭い蹴りが飛んでくる。手裏剣やクナイ、吹き矢といった飛び道具も豊富なため、うかつに動くとすかさず隙を突かれてしまう。かなり操作の難しいキャラだが、Noribenは鮮やかに使いこなしていた。
第一ラウンド、最初の二十秒ほどは互いに間合いを測る膠着状態だった。先に動いたのは充で、下段キックからアッパーにつなげるコンボを仕掛けた。するとギリギリのところで避けられて、間髪入れずに「お仕置き」が待っていた。
「あー差し返された……のり弁さん、相変わらず上手いなー」
ラウンドを落とした充がつぶやくと、配信のチャット欄が『うっま』、『のり兄さすが』と感嘆の声に沸いた。
三先、すなわち三戦先取の対戦は充が二勝、Noribenが二勝で五戦目に入り、五戦目ラウンド1‐1のフルカウントにもつれ込んだ。最終ラウンド、充はわずかに残った体力を守り切り辛勝した。チャット欄に『対戦ありがとうございました』とNoribenからコメントがあり、充はカメラに「のり弁さん、今夜もありがとう」と微笑んだ。
その晩、母親から電話があった。ゲームに熱中すると日々のいとなみがおろそかになる息子への、「生存確認」コールだ。
『ちゃんとご飯食べてる? ゲームばっかりしてちゃダメだよ』
「ちょ、プロゲーマーにそれ言う?」
幼少時から変わらないお小言に、充は苦笑した。
「母さんは大丈夫なの?」
『うーん……正直きついけど、踏ん張るしかないからね』
気丈な母を、充は「無理し過ぎんなよ」と気遣った。
『ありがと。それより、大森さんのお弁当どう? 美味しいでしょう?』
母が得意げに言い、充は「そうだね」とうなずいた。
「のり弁なのに、野菜いっぱい入ってた」
すると母が『ちょっと充、のり弁なんて頼んだの? もっと野菜弁当とか』と苦言を呈した。
「いいだろ。好きなんだよ、のり弁」
充が唇をとがらせた。母はため息をつき、『一番安いやつじゃない』と続けた。
『もっと売り上げに貢献してあげて。大森さん、ただでさえ苦しいのに、新型ウイルスで飲食業は崖っぷちなんだから』
「ただでさえって……なんで?」
充が聞くと、母は『息子さん、もう三年以上引きこもりなの』と声をひそめた。
『新卒で入った会社がブラックで、メンタルがね……ご主人、ずっと悩んでるのよ』
何と返すべきか分からず、充は「ふうん、了解」と生返事で話を切り上げた。
手早く風呂を済ませて、何時間か練習してから就寝しようとPCを立ち上げた。スラⅣの読み込みを待つあいだ、デスクの端に置いてあったスマホが振動した。メールの受信通知で、発信元はSRCの大会事務局だった。
「……げっ」
添付画像を開くなり、充は顔をしかめた。トーナメント表だ。
「初戦これ、きっついな」
充の第一戦は、新進気鋭の若手・レオだった。名うての紅羽使いで、天性のセンスが光る立ち回りは、これまで並み居るベテランを下してきた。
レオは端正なルックスと軽快なトークがライト層に好評で、テレビや雑誌への露出も多かった。充がエゴサーチしてみると、ネットは早速「新旧イケメン対決」だと沸いていた。
「新旧って、俺はオワコンかよ」
充は苦り切った顔で、スラⅣのメニュー画面を開いた。配信のノルマは昼に済ませていたので、今回はSNSにサロン募集を出しただけで、ひっそりとプレイした。
配信の有無に関わらず、Noribenは充がサロンを開くたびに来てくれた。昼間に続き現れた紅羽を見て、充は配信アプリを立ち上げた。コメント履歴からNoribenのプロフィールを開き、対戦の合間にDMを送った。
『SRC向けの練習、付き合ってもらえませんか?』
三先の一戦目をラウンド2‐1で制し、次を1‐2で落とした。三戦目に入る直前、Noribenから『レオさんの紅羽ですか?』と返信があった。充は『そうです』と記し、チャットアプリのIDを添えて返信した。ややあって、Noribenとおぼしきアカウントから友だち申請があった。即座に承認し、充はヘッドセットを装着した。
「のり弁さん、こんばんは」
充が言うと、イヤホンの向こうで相手が一瞬息を詰めた。
『こ……こんばんは、アタルさん』
穏やかな、心地よく響くバリトンだった。対戦から受ける印象にぴったりで、充の口もとがほころんだ。
「いつもサロン来てくれてありがとう」
『あ……は、はい、こちらこそお世話になって』
ぎこちないNoribenに、充が「緊張してる?」と聞いた。数秒の沈黙をはさみ、Noribenは『僕、人と話すの苦手で……』と消え入りそうな声で言った。
「そっか。なのにチャット繋いでくれたんだ、優しいね」
『えっ……い、いえそんな』
Noribenの声は震えていた。対人が苦手というのは本音のようで、充は親近感を覚えた。
「俺もコミュ障でさ。配信でバレバレだけど、面白いことも言えねえし。若手に押されてオワコンだし」
肩を落とした充に、Noribenが『そんなことないですっ』と必死に言った。
『僕は……僕はずっと、アタルさんを応援してます』
もう三年以上、充のサロン配信にほぼ毎回現れるのだ。心からの言葉であることは疑いの余地がない。改まって告げられると気恥ずかしく、充は「あ、ありがと」と口ごもった。
「まあその、だから……ゲームでまで負けるわけには絶対いかなくて。だから紅羽のキャラ対、のり弁さんにお願いしたいんだ。俺の知ってる中で、一番上手いから」
『そんな、僕なんて……』
恐縮するNoribenに、充は「や、マジで」と言葉を継いだ。
「プロも含めて一番。だからお願いしますっ」
充はモニターに向けて頭を下げた。勢いが伝わったのか、Noribenは小さく笑って『僕でお役に立てるなら』と答えた。
SRCまでの一カ月強、充は毎晩十時から一時までNoribenとサロンで特訓を行った。対戦中はチャットを繋げ、Noribenからリアルタイムで指導を受けた。
『僕は相手の出方をみますが、レオさんは結構前に出てくるので……色んなシチュエーションで差し返しの練習しましょう』
ポイントを押さえたNoribenの指導に、充の紅羽対策はみるみる仕上がっていった。休憩中に雑談をする余裕もできた。最初は充がとりとめもなく語るだけだったが、やがてNoribenもぽつぽつと自分の話をするようになった。
『僕、休職中で……っていうか、療養中で』
「そう……っすか」
返事に迷い、充は息を凝らした。Noribenは充の緊張を察したらしく、『すみません、つまらない話を』と苦笑した。
「いえ! 全然、つまんなくないって」
『そうですか……?』
Noribenが遠慮がちに言い、充は「聞きたいっす。聞かせてください」と念を押した。
『あの、そんな……アタルさんにお聞かせするほどのことはないんですが、新卒でブラック企業入っちゃって、メンがヘラって』
「……ヘラっちゃったんすか」
揶揄する意図は皆無だったが、そう受け取られかねない言い回しになってしまった。充は弁解しようと焦ったが、Noribenはくすくす笑って『はい』と答えた。なめらかな笑い声を、もっと聞きたいと充は思った。
『だから、こうしてアタルさんの役に立てるのが嬉しいです。こんな僕でも、存在価値あるのかなって思えて……』
頼りなげな声に、充は思わず「のり弁さんは価値あるって!」と叫んだ。Noribenが息を呑む気配が伝わって、充はたちまち赤面した。
「だ……だって俺、のり弁さんと対戦するの好きだし。サロンに来てくれるの、毎回楽しみにしてるんすよ」
早口でまくし立てる充に、Noribenが『は、はい』とあいづちを打った。照れているのが声で分かり、充の胸にもどかしさがつのった。回線を介してではなく、直接顔を見て言いたかった。
衝動的におかしなことを口走りそうで、充は「そうだ、俺……」と話題をそらした。
「弁当も、のり弁が一番好きなんすよ。近所に美味い弁当屋があって」
『そうなんですか』
Noribenの声が普段のものに戻り、充は「値段も360円って、のり弁さんのID通りで」と笑った。
『それは……偶然、ですね』
「うん、それで買ったの」
充は再び軽く笑い、対戦に戻った。
SRCまで三日を残し、充の紅羽対策は完璧と呼べるレベルにまで到達した。昼どきに起床して、いつも通り大森亭へ向かうと、テイクアウト窓口に手書きの貼り紙があった。
「一時開店、って……」
充がスマートフォンを見ると、時刻は十二時五十分だった。「あと十分か」とうそぶき、充はカウンターに肘をついた。
Noribenとのサロン対戦は、チャットの会話も含めて毎回録画してあった。昨日の練習動画を振り返りつつ充が待っていると、背後から話し声が聞こえてきた。片方は、イヤホンから流れてくるのと全く同じ声だった。
「――厨房ならいくらでも手伝うけど、レジはちょっと……」
「何だよ、かなり良くなったって先生が言ってたじゃねえか。少しずつ慣らしてかないと、いつまで経っても社会復帰できねえぞ」
「それは、分かってるけど……」
聞き心地の良い、柔らかな声――間違いない。充は弾かれたように振り向き、正面からやってくる二人連れを視界に捉えた。
弁当屋の主人の半歩後ろを、背の高い青年が歩いていた。肩口にかかる黒髪が、卵型の輪郭をふちどっている。頬に落ちた前髪を、すらりと長い指が耳に掛けた。
青年は充の姿を認めるなり、黒目がちな瞳を大きく見開いた。充も同様に目をみはって、端整な青年を凝視した。
「あ……っ」
青年が息をのみ、きびすを返して走り出した。離れていく背中に、充が「ま、待ってっ」と手を伸ばした。
「待って、のり弁さんっ!」
充が必死に叫ぶと、呆気に取られていた店主が「あ、はい、のり弁ですね」と店に駆け込んだ。充はNoribenを追おうか迷ったが、結局、その場に留まった。
ほどなく店主が窓から顔を出した。充がいつも通り360円を出すと、店主は困り顔で「すみません、お伝えしてませんでしたね」と詫びた。
「のり弁、20円値上げさせていただいたんです」
「あ……そうなんすか、分かりました」
充は財布から十円玉を二枚取り出した。弁当を受け取ると、店主は「まいどあり!」と威勢よく送り出してくれた。
充が帰宅すると、PCモニターで配信アプリの通知が点灯していた。DMの新着を告げるものだった。
『紅羽対策、もう万全だと思います。SRCご健闘をお祈りします』
彼らしく丁寧な文面だった。充は眉根を寄せて、ため息をついた。
そうして大会当日を迎え、充は初戦のレオをストレート勝ちで下した。その後も8強、4強と危なげなく駒を進めて、決勝は敗者復活戦を勝ち上がってきたレオとの再戦になった。結果は初戦の再現で、充がレオの紅羽に1ラウンドも与えず完勝した。
「優勝できたのは、キャラ対に付き合ってくれたのり弁さんのお陰です」
勝利者インタビューで勝因を問われ、充はそう即答した。ライブ配信を見ていてくれと切に祈りつつ、カメラに向かって「ありがとう」と微笑んだ。
梅雨入りから少し経ったある日、充のサロンにNoribenが現れた。約一カ月ぶりの再会に歓喜したのも束の間、コメント欄の盛り上がりにつられて充も噴き出した。
『のり弁値上がりしてる』、『値上がりは草』、『二十円アップ』といった突っ込みのコメントが一斉に入り、怒涛の勢いで画面を流れた。
「……のり弁さん、ありがとう」
充はサロンの待機画面でID「Noriben‐380Yen」を承認し、「これからもよろしく」と、鼻歌まじりに言った。
〈了〉
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