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第四章 不思議な体験
次の日には、父も仕事を休んで、航の家には親戚が集まった。というのも、葬儀もオンラインになってしまったのである。「なんてひどい世の中になってしまったんだろうね」と、母は嘆いていた。
告別式の最中も、画面に祖母が眠るひつぎや祭壇が映し出されるが、なんだか現実味がなかった。もしかしたら、祖母はまだ生きているんじゃないか。今見ている映像は、日本デジタル戦略的専門員会が用意した偽物ではないのか。
何事もなく進行して、ついに火葬のときがやってきた。
「ご希望であれば、火葬の最中の映像も見ることもできますよ」
従業員が父に聞いてきた。
「そんなの見たくないわ」
母はとても嫌がっていた。
だが、航はどうしても見たいと父を説得した。優しくしてくれた祖母を、最後まで見届けたかったのだ。
告別式の最後に、特殊のカメラをひつぎの中に取り付けると、祖母の体は火葬場まで運ばれていった。そして、重いふたをあけて、その中へひつぎを入れる。
画面が切り替わり、祖母の顔だけになった。
だんだんと画面が曇っていき、結局、何も見えなくなった。「さようなら、おばあちゃん」と、思った。
そのとたん、悲鳴が聞こえてきた。
「キャー! 熱い熱い熱いッ!」
航、母と父、そして親族の皆が、血の気が引いていたと思う。
「早く、おばあちゃんが生きてるってことを連絡しなくちゃ」
「そ、そうだ」
航のその言葉で、周りも我に返る。
父が葬儀屋に電話をすると、確認のため祖母を見に行くことになった。母はこの状況にぐったりと疲れてしまって、その面倒を親戚が見ることになり、航が父の運転する車に乗っていくことになった。
葬儀屋に着くと、航は車から下りて走った。
怪訝そうな顔をした従業員が、航を火葬場まで案内したのだが、その部屋に入ると、祖母の入ったひつぎの蓋が開いていた。
「普通に死んでますよ。まったく迷惑ですよ。他の方はオンラインで我慢しているんですから。終わったら呼びに来てくださいね」
そう言うと、その従業員は部屋から出ていってしまった。
ひつぎを覗き込むと、祈るように手を組んだ祖母の目は閉じていた。
「おばあちゃん、会いに来たよ。遅くなってごめんね」
航は、祖母の手を両手で覆うように握った。
祖母の着ていた服が少し焼けてしまい、頬には黒いすすがついていた。航は、そのすすを、手で優しく払ってあげた。
すると、祖母の右の目尻から、涙がこぼれ落ちた。不思議に思って、祖母の顔を見ると、なんだかほほえんでいるように見えた。別に恐怖は感じない。実際に触れ合うことが、祖母にとって、とても嬉しかったのだろう。オンラインの寂しさから、きっと悲鳴をあげたに違いない。
俺はこの奇妙な体験をしてから、オンラインの世界ではなく、人と人とが直接触れ合う大切さを、改めて感じることができた。この気持ちを政府に向かって、声をあげるつもりだ。
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